短冊にご用心


梅雨明けがもう間もなくとなった時期、今年も大きな笹の木が入江家の
リビングに設置された。
紀子が毎年どこからか買ってきて業者に配達してもらうのだが、
今年のものは特に大きく、広い入江家のリビングでもさすがに圧迫感が
あるほどだ。

「ったく、家用じゃねぇだろ、この大きさは」

直樹は今日、久しぶりに定時に仕事が終わり、夕飯の時間に帰宅
できたのであった。
そして今、異様に大きな笹の木を見て半ば飽きれた心境となる。

家族それぞれが書いたとみられる短冊が既に飾られており、それは
赤青黄、オレンジなど色とりどりであり、大きな笹の木を更に存在感
あるものに仕上げている。
直樹はいち早く目当ての短冊を見つけて、書いてある文字が読めるようにと
そっと手を差し出した。

『パパみたいなおいしゃさんになれますように! ことみ』

それを見て思わず頬がゆるむのが自分でもわかった。
と、さっきまでキッチンで紀子と琴子の夕飯の手伝いをしようと賑やかに
していた琴美が、いつの間にかトトトっと小走りでやってきた。
途中ソファに乗っかり、すぐさま勢いを付けてまたソファから飛び降りる。
そして大きな瞳を輝かせながら、あっと言う間に直樹の背中に飛びつく琴美。

「パパ!それ見た?琴美の短冊!」
「ああ、今見たよ。これは初めて知ったな。医者になりたいのか?」
「えへへ〜、そうなんだよ!ママみたいに看護士さんになるのも
ステキなんだけど、琴美はねぇ、悪い病気をやっつけたいからパパみたいに
お医者さんになりたいの」
「へぇ、偉いんだな」

その会話に気がついた琴子がキッチンから顔を出した。
「入江くん!すごいよね、みーちゃん!まだ小学校に入ったばかりなのに、
もうなりたい職業が決まってるなんて!しかもお医者さんなんだもん、
あたし感動しちゃったぁ」
「本当よね!親の職業が夢だなんて、まー本当になんていい子なんでしょ!
うちのみーちゃんは!!」
キッチンの奥から紀子の甲高い声も加勢する。

「そうだな。まぁでも、またこれから色々やりたい事とか出てくるかもしれなけど」
「え〜、みーちゃんはジョイさんになるって決めたのよ?そんな簡単に
変わるような夢じゃないよ!」

------まったく、琴美の大人びた発言にほとほと驚かせられる。
もともと利発な子なので何事も吸収が早いのだが、最近は大人の会話を
よく聞き琴美なりにその内容を理解しているようだ。
そして日常会話ですぐにその影響が現れる。
まさにこういう性格面は、口から生まれてきたのか?と思うほど話好きな
琴子の影響かと思われる。

-----と、笹の木の少し上の方に視線をやると、恐らく琴美のもので
あろう幼さい文字で書かれた短冊があった。
もう1枚書いたのか?
オレはそのもう1枚の短冊へ手を差し出して文字を読み取った。

『ジョニデとけっこんできますように! ことみ』

「----------------------」

ジョニデ。

正直、ハリウッドスターがどんなことで世間を賑わせているかなど
オレにはわからない。でも、さすがにこれが誰だか知ってる。
いつしかあの松本裕子と見に行った映画シザーハンズのハサミの彼。

なぜ、小学1年生の娘が彼を----?
年代を飛び越え、はたまた、日本のアイドルをも飛び越えていきなり
ハリウッドスターと結婚したいと。
------------なぜだ。
オレはその短冊を手にしたまま一瞬固まっていた。

「あ、やだ!パパそれも見ちゃった?ママ〜、おばあちゃん!見られちゃったよ!」
琴美が少し照れくさそうに笑いながらオレの顔を下から覗き込む。

エプロン姿の琴子が後頭部に手を当てながらキッチンから出てきた。
「あ〜、それね、入江くん驚いちゃった?えへへ、実はね、この間の
日曜日にシザーハンズのDVD借りたのよ。こっそり一人で見るつもりが、
みーちゃん、どーしても一緒に見たいっていうからぁ」
「パパ、このジョニデったらセンサイな感じがかっこいいのよ!
もうみーちゃん、一目惚れ!」

この映画はもちろん覚えているが、小学生が見る内容だったろうか?
いや、それより、琴美は外人が好みなんだろうか?
結婚したいと思うほどジョニデの顔がストライクだったのか?

「あ〜、入江くんなんか固まっちゃってるぅ」
「まぁ、お兄ちゃんったら、ジョニデに嫉妬しても仕方ないわよ?
みーちゃんがかわいいのは仕方ないけど、いつかはお嫁にいっちゃうんだから!おほほ!」

能天気な女達の会話がオレの頭のなかであっちこっちに飛び交っている。
なんなんだ----うちの女達は。

「でもぉ、例えばみーちゃんが外人の彼氏を連れてきてもコミュケーションは
バッチリよね!だって入江くん英語ぺらぺらだし〜!」
「そうだね!パパ、ジョニデとも仲良くできるね。良かった!」
「---------------」

直樹はなんだかどっと疲れを感じ、そのまま無言でリビングを出て着替えに行くのだった。


fin
ひらひら
2014年12月23日(火) 01時16分37秒 公開
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