これから2人で |
今日は入江くんと講義が終わる時間が同じみたい。 そうよ、入江くんのスケジュールはマメにチェック済みですとも。 だって、こんな春うららかな日にデートしないでどうするっていうのよ! あたしはモトちゃん達の入江直樹ファンクラブ活動とやらに巻き込まれる前に 人目につかないよう、いそいそと医学部へ足を向けた。 実は看護科に編入してから医学部へ行くのは初めてだったりする。 だって、まだ言ってない(言えない)わけだから。 あたしが入江くんの奥さんだってこと!!!! それが周囲に発覚してほしい気持ちは大いにあるんだけど、今は、 今はまだ無理!あたしが円滑に看護科でやっていくためには、 入江くんのことは絶対にバレてはいけないの、悲しいことに。 講義が終わって廊下に溢れだした医学部の学生達にまみれ、なんとか 入江くんを遠目に発見。 大きな声で呼び止めたいけど、そんなことは到底できるはずもなく、 入江くんが一人になるタイミングを見計らうべく物陰から見つめる。 って、あれ----? ちょっとよそ見した隙に入江くんがいない!!!! ちょっと、ちょっとぉぉ 今日この日、デートに行くため満を持して医学部に来たっていうのに----! 「なにコソコソしてんだよ」 「!!!!」 気がつくと入江くんがあたしのすぐ後ろに立ってた。 入江くんっていつもこうなんだよね。あたしの視界に留まっていてくれないのに、 それでいて突如としてあたしの前に現れる。 「入江くん!びっくりしたよ、いつのまにそこに来たの?」 「あやしい奴がいると思ったらおまえだった」 「あ、あやしい奴------」 ま、そんな悪態はいつものこと。 と気分を取り直して、あたしは本題であるデートのお誘いをしてみる。 こんな時、9割5分の確率で「めんどくさい」だの「論文がある」だのと 断られるんだけど、今日は入江くんが誘いに乗ってくれる自信があった。 「入江くん、新しいパソコン買いに行くんでしょ?あたしも一緒に行って選んであげる!」 「行くけど。お前にパソコンを選んでもらうメリットがあれば是非とも教えてもらいたいね」 「う----!メ、メリットはないかもしれないけどぉ。いいじゃん、たまには。奥さん孝行してくれても」 入江くんは小さくため息をつくと、「パソコン買ったらすぐ帰るからな」って言ってなんとか了承してくれた。 やったぁ!!! 傍から見たらあたしと入江くんの関係は結婚前と変わらないかもしれない。 でも実はこういう時、入江くんはかすかに微笑んでくれている。 この微笑を知っているのは自分だけかもしれない、という優越感が幸せだったりするわけで。 結婚して本当に良かったと思う瞬間の1つ。 ガヤガヤと賑やかな繁華街に出ると、入江くんは迷うことなく目当ての家電量販店に入った。 聞き慣れたお店のテーマソングが流れているなか、陳列してあるくつもの テレビやオーディオ機器がそれぞれ音をがなり立てている。 あたしは思わず足下がよろめいた。 最新機種のパソコンが整然と並ぶ棚に着くと、入江くんはさっと視線を向けながら通り過ぎる。 「入江くん、こんなのどう?今このメーカー流行ってるよね」 「いや、今使ってるのが慣れてるし同じメーカーがいいんだよ。 にしても今のはだいぶ使ったからな。最新機種はさすがに機能が良くなってんな」 「ふぅん?」 「すみません」 そう言って入江くんは近くにいたお店のスタッフに声を掛けると、いとも 簡単にパソコンの購入を決定。 買うのが早い---早過ぎよ! あたしはもっと、2人であーでもないこーでもないって言いながら、お店のスタッフに相談しつつちょっと値切り交渉してみたりぃ---- なんてあたしが妄想している間に、入江くんはどんどん購入手続きを進める。 そして黒い質の良さそうなレザーの財布からキラリと光る1枚のカードを取り出した。 あれ、そういえば-------- 入江くんってクレジットカード持ってたんだ。 いやちょっと待って。こんな最新機種のパソコン買うくらいの貯金があるってこと? というか、そもそも入江くんの普段の生活費ってどうなってるわけ? 今はアルバイトしてないから学生の身分で稼ぎもないだろうし--- あたしの場合、「学生のうちは」ってお父さんがお小遣いくれてるけど入江くんは? なんなの、この疑問の嵐は---- あたしってば、奥さんのくせに何も知らないんじゃない!? そうこうしているうちに入江くんの今日の目的、パソコンの購入は万事終了していた。 「帰るぞ」と言う入江くんに、本当ならお茶でもしようと誘いたいところ だったけど、奥さんという立場でありながらその実、現実的なことには何も 入江くんの生活に関与できていないことに焦り始めた。 「い、入江くん!ちょっと聞きたいんだけど----」 「なに?」 「そ、その、クレジットカード持ってたのね」 「持ってるよ。ほとんど使わないけどな。ちなみにこれは家族で使うカードだ」 「え、家族?」 「つまり、親父の口座から引き落としされるカードってこと。 限度額はないから、買おうと思えばもっと高額なもんでも買えるけど」 「え!!!限度額ない???」 そうだった-----入江くんってお坊ちゃんだったのよね。 「でも」 「でも?」 「このカード使うのも最初で最後だと思うよ。一応、ゴットペガサスと コトリンで得た収入を貯金してるから。普段はその貯金切り崩して 生活してるしね。さすがにパソコン買ったら今後が苦しくなるかも しれなから、今回だけはカード使わせてもらった。」 「あ、そうだったの?あたし、何も知らなくて----」 「------本当は早く稼げるようになりたいけどな。お義父さんもお世話になっちゃってるし」 あたしは今まで何も考えずのほほんとしていた自分が恥ずかしくなった。 結婚したといはいえ、あたし達はまだ本当の意味で自立した夫婦ではない。 でもそれは現実的に仕方のないことで。 入江くんはお医者さんになるため、あたしは看護師になるため。 それぞれ夢を叶えるために、一生かけられる仕事につくために必要な時間。 入江パパママ、お父さんには本当に甘えてばかりだけど、この優しさを 噛みしめながら、ちょっとづつ本当の夫婦になれたらいいな。 「ほら、いくぞ」 「あたし、いい奥さんになれるように頑張るね!」 「期待してないからそのままでいいよ」 入江くんのかすかな微笑みを捉えて、あたしは心が満たされるのを感じるのであった。 fin |
ひらひら
2015年01月23日(金) 20時22分24秒 公開 ■この作品の著作権はひらひらさんにあります。無断転載は禁止です。 |
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これは失礼しました!師、に訂正済みです。。。 | ひらひら | ■2015-01-23 20:23:08 | 202.235.251.103 | |
看護士じゃなくて看護『師』ですよー★ | ひよこ | ■2015-01-23 01:22:22 | 106.188.126.202 |