Please keep holding my hands

フー。
受話器を置いた瞬間溜息が零れる。
今の電話は、お義父さんから。家を飛び出した琴子は、ふぐ吉に向かい今晩はクリスの家に泊まる事になったらしい。何でこうなってしまったんだろう。って、原因は間違いなく俺自身だよな。



「重雄さんヒドイ!」
突然響いた声に驚き振り返る。俺以外誰もいなかった筈のリビング。振り向いた視線の先にはソファーに脚と腕を組み不満をぶちまける女性が居た。
「父一人娘一人で支え合って生きて来たのに。電話で琴子がお店に来てるって聞いても迎えに行こうともしない冷血漢の婿殿の肩持つなんて理解出来ないわ〜!」
「…お義母さん⁈」
そこに居たのはお義母さん。琴子と良く似たこの顔は間違い無い。
驚く俺に冷たい視線を向けている。相当ご立腹のようだ。
「直樹さん、お久しぶり。前にも一度お目にかかったの覚えてる?」
「…はい。」
そうだ。結婚する事になってお義母さんに報告をと思い、訪れたお義父さんの部屋の仏前で驚愕した。遺影で微笑むお義母さんが高二の夏に突然声を掛けてきた女性だったから。
「お話があるんだけど、ちょっといいかしら?」
顎をクイっとソファーの方に動かし無言で座れと促された。黙って従い向かい側に腰掛ける。

「この間、金ちゃんに教わったわよね?今の直樹さんはヤキモチ妬いてるって。それなのに、何?仲直りしようと勇気を出した可愛い妻に素っ気ない態度に加えて、叩くってどういう事よ‼」
興奮気味にテーブルをバンバン叩く。
「重雄さんも昔気質だけど、手はあげた事無いのよ!あたしだって短い間だったけど大事に育てたのに。あっ!思い出した!前も叩いた事有ったわよね⁈」
過去を持ち出して、そうよプロポーズの時も叩いたから二回目よねと怒り心頭の様子。それを言うなら俺も琴子に叩かれた事があると思ったらすかさず、
「あれは、直樹さんがみんなの前でラブレター暗唱したのが悪いんじゃない。」
とピシャリ。心の中読めるんですか。
「あの雨の中での告白は何回思い出しても素敵よ。『お前は俺が好きなんだよ』、『俺以外好きになれないんだよ』からのキッス‼トドメは抱き締めながら『俺以外の男好きなんて言うな』どれも名言よね〜。」
うっとりとしながら語るお義母さん。スラスラと台詞が出てきたという事は、一部始終見てたのか…。存命ならお袋といい勝負だったかも。
そんな風に思っていたら、お義母さんは夢見心地から一転、キッと俺を睨みつける。
「でもね、あんな素敵な告白なのに叩いた意味だけ分かんない!どこに家の可愛い娘叩く必要あった?自分は大会社の令嬢と婚約したままだったのに。」
確かに身辺整理も出来ていないのに、琴子にも沙穂子さんにも失礼だった。でも、あの時は金之助にプロポーズされたって聞いて居ても立っても居られなかった。 何があっても俺だけを好きでいると思っていたのに、自分以外の男のものになると思ったら他の事なんか考えられず身体が勝手に駅に向かっていた。そして雨の中告白をし、帰宅してみんなの前でプロポーズまでしてしまったんだから…。

「感傷に浸ってる所ごめんなさい。この際だから言わせて貰うけど、昔直樹さんの言った言葉でどうしても許せないのがあったのよね。」
「なんでしょう?」
どうしても許せないと言われ姿勢を正す。結構、琴子を傷付ける事は言ってきたので、どれだか自分では見当がつかない。
「大学一年の時…」
四年前?何だ?遡って記憶を検索するがヒットする前にお義母さんが言う。

「琴子に…『Cカップになったら俺達の寝室使ってやってもいい』って!あれ、あの場で胸はね大きさじゃないって言ってやりたかった!」
ズルりとソファーから身体が滑る。この流れでまさかそれかよ。
「若気の至りです。もう分かってますから。」
「そう?それなら良いけど。」
良いと言いつつ、「でも直樹さんがもっと早く気持ちに気付いてたら琴子に伸び代あったんじゃないかしら…。」とブツブツ言っている。思った事が口に出てしまうのは琴子と同じ。いや、琴子がお義母さん譲りだったんだな。
黙ってその様子を見ていたら、やっと我に返り気不味さを隠すようにゴホンと咳払いをしてから、
「やっぱり、結婚するの直樹さんの言った通り琴子が大学卒業するまで待てば良かったのよね。」
「どうしてですか?」
お義母さんの真意が分からず問う。
「だって、誰かさんと違って啓太くんちゃんと言葉と態度に出してくれるし。結婚なんかしてなかったら、こんな状況で琴子も簡単に啓太くんの胸に飛び込めたのに。」
「そんな訳っ!」
思わず声を荒げてしまった自分に驚き、慌てて口元を押さえる。
「どうしてそんな訳無いなんて言えるの?琴子は自分しか見てないし、自分以外好きになれないって事に胡座かいてない?人間だもの大好きな人から冷たく当たられてる所に優しくされれば気持ちはグラつくわ。さっき、琴子も言ってたじゃない。『啓太は好きって言ってくれた』って。あの子があんな事言うなんて、相当キテるわよ。」
実の母の指摘に言葉が出ない。
「あの時は紀子さんの暴走だと思ったでしょうけど、今はそのお陰で首の皮一枚繋がってるんだから、お母様に感謝するのね。」
次々飛んでくる耳の痛い言葉。
「厳しいですね。」
「当たり前!絶対手放さないでってお願いしたの忘れちゃった?」
怒りは消えて悲しげな瞳で見てくる。その目がさっきの琴子と重なり心が痛んだ。
「難しい事じゃないの。あの子は直樹さんを想う気持ちは誰にも負けない自信はあるけど、愛されてる自信はイマイチ無いままなのよね。琴子が大事なら本当に取り返しがつかなくなる前に思ってる事を口に出してあげて。お願いよーー」



気付けば誰もいないリビングにまた一人になっていた。夢だったのか?にしては随分と痛い所を突かれたな。
また一つ溜息を吐いて天井を仰ぐ。俺は素直になれるか。もう一度この手に琴子を抱き締める事は出来るのだろうか。此の期に及んでも答えはハッキリと出ないままだった。

りん
http://ringoronyan.blog.fc2.com/
2016年06月26日(日) 15時46分09秒 公開
■この作品の著作権はりんさんにあります。無断転載は禁止です。
■作者からのメッセージ
前回投稿させて頂いたSHINEの続きで、それから数年後の嫉妬事件の時のお話です。
皆さんそれぞれに嫉妬事件では思う所があると思います。私もあって悦子ママから入江くんに喝を入れて貰いました。お目汚しですが、楽しんで下さる方が居たら嬉しいです。

イタキス二次創作用のブログも作りました。無謀にも長編書いております^_^;今回アドレスも載せますので宜しければこちらも覗いて見て下さい^ ^

この作品の感想をお寄せください。
よつば様、コメントありがとうございます!

楽しんでいただけたなら何よりです^ ^
よつばさんと同じく私も抱えていたモヤモヤを、たまには入江くんも怒られればいいと(笑)悦子ママに代弁して貰っちゃいました。

作品数も少なく拙い物ばかりですが、宜しければブログにもお越し下さい(*^^*)
りん ■2016-07-15 05:17:47 221.29.95.134
とってもとっても面白かったです‼
琴子ママに怒られる入江君にザマアミロって思いました(笑)
琴子ママ最高♪今までずっと許せなかくてモヤモヤしてたんです。→入江君の暴言&ビンタ。
琴子ママが怒ってくれて良かった!
ブログの方も読ませていただきますね。
これからも楽しみにしています。
よつば ■2016-07-14 11:30:37 42.146.82.127
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