赤頭巾


 要するに被害者はだれか、そこさえクリアすればこの話は終わりヨ.。
あいつァとんでもない娘だった、それことだけだ。

 あの日あの森で、恐ろしく別品の女の子と出会った、そして顔だけで女に惚れてしまった、それが俺の罪ヨ。
判決が死刑、割りのあわないことをしたもんだ。


「こんにちは、ご機嫌いかが?」
 ここからいけなかった。これだけの美少女ともなれば、いろんなナンパの言葉にもいちいちそれらしい反応ができるとうものサ、あいつァ俺を見抜いていたんだ。

「どうもありがとう、ステキなお兄さん」
「こんなに早くに、どこへいくの?」
「お婆さんのところ」
「お婆さんはどこに住んでいるの?」
「あとまだ15分くらい先の森のなか、三本の大きな樫の木の下で、そこに家が建ってるわ。下にクルミの生け垣のある、あなた知ってるでしょ?」
「あんなところに住んでる。ヘェそりゃ変わってる」
「変わっているといえばあなただって尋常じゃない。その服はどこで取り揃えたの?」
 それは最近新調したばかりの舶来物だった。この辺りじゃ誰も着てないようなものサ。おれは舞い上がったよ。人を誉めるときは誉められたがっているところを誉めるのが一番。あの娘は真っすぐに俺の自尊心を探り当てた。
俺は言ったね、マア大したもんじゃないよ、ナンテネ。

「それに不思議なアクセサリー」
 その時の俺は頭の天辺から爪先まで、思いっきりめかし込んでいた。
「あなた、いいわ」
 その目はほとんど潤んでいた。まさにマニュアル通りさ。
この娘は俺に気がある、それは間違いないことだった。
「ごめん、急いでいるの、帰りにまたお話しましょ? もう一度会いたい」

 ・・・あとから考えりゃやれることはいくらでもあった。
「危ないから送っていこう」とか「お婆さんは待っててくれるよ、ゆっくり遊ぼう」とか「おもしろいとこあるよ」とか、「俺の車に(と言っても荷馬車に毛の生えたようなもんだが)乗らないか」とか・・・駄目で元々、一発はったりをかませて効かなきゃそれで諦めりゃよかったんだ。
ところが俺ときたら心臓はドキドキ、手には汗がびっしょり、つまりは恋なんぞをしとって何も思いつかない。

 一体初心(うぶ)な男の恋なんてものほど、みっともないものはない。
相手を傷つけちゃいかんとか、嘘があってはいかんとか、真心でつきあえば通じるとか、要するに振られることにビビリきってて、嘘の重荷を背負う根性もなく、単に一人で思い上がっているだけじゃないか。

俺はいつだったかね、こんな言葉を聞いたことがあるよ。
「君がぼくを嫌いでも、ぼくはいつまでも君を想い続けるよ」「ぼくは君を決して諦めない」

 そうそうこんなのもある。
「いつかぼくを好きにさせてみせる」
 ・・・どうしようもネェだろ!! これがガキの恋愛ヨ!
 だけど結局、あの時の俺は同じようなレベルにいたってことだな。

 あの娘と別れて5分とたたないうちに、俺は一人でいることに苦しくなった。
今すぐにも彼女の顔を見なくては死んでしまうような気持ちになった、
 それで近道をして、森の奥の小さな家に急いだんだ。
 先回りして、オレの実力を見せようっていう参段だナ。

 ああ、だけどアンタ、その小さな家にたどりついて中を覗きこんだときの俺の気持ち、アンタにそれがわかるかなぁ?

 その家はつつましやかな外観に比べ、中の派手さといったらそれこそ尋常じゃなかった。扉の奥には六つもの扉が並んでいて、ギンギラのシャンデリアだぜ?
 俺はたちどころに理解したね、それがどんな宿なのか。

 老婆が一人出てきて聞いた。
「お一人ですか?」
 その声を聞いたとき、俺はもう我を失っていた。

しばらくして
(この「しばらくして」の間に何があったか、それはオレの言いたかねェことだ)、
老婆の身ぐるみを剥ぎ取って自分で着て、ホテルのカウンターに座り込んだときもう俺は俺でなかった。

頭はすばらしく早く回転した。
あの赤い頭巾をかぶった娘が入ってきたときも黙って手元にあった五号室のキーを渡し、案内する振りをしながら彼女を中に押し込んだんだ。

ああ、だけど、だけどあの時、あの時あの子がこうさえ言ってくれたら俺は救われたんだ。
「許して、あなたの気持ちはありがたいの」
 どんな言葉でもいい、俺を、ありのままの俺を受け入れるとさえ言ってもらえれば、俺は黙って彼女の恋を遠くから見つめることもできた、だが彼女はこう言ったんだ。

「ケダモノ! 触らないで!!」

 なァアンタ、それがなんであれ、自分を愛するものを傷つける権利は誰にもない、そうじゃないか?

 人はいいにつけ悪いにつけ、その持っているものに対する責任を取らなきゃならない、それは当たり前のことだ。
あの娘はとてつもない美貌に恵まれて生まれてきた、それで得する時もあれば、それで出会う困難もある、それはそれでしかたないことだ、
 美しく生まれてきたばかりに俺みたいなどうしようもない奴にまで言い寄られる、それだって彼女の勲章じゃないか。

 だが、こちらも初心ならば向こうも修練が足りなかった・・・・それで諦めをつけろというならそれもしかたない。そうだ、その通り、若い娘はいつだって残酷なものサネ。そう思い知るしかない・・・。

 相方が現われ、娘をベッドに押し込めようとする俺を後から撃った時、振り向きながら俺は心から願ったよ、「どうかその男が俺と同じように平凡な顔立ちでありますように」ってね・・・、

だが、
けれど薄れ行く意識の中で見たその男はやはり信じられないほど美しい男だった。その狩人としての装束も、ほぼ完璧なほどの出で立ちだった・・・・。


 なあアンタ、これが宿命よ。あの娘は自分の美しさに対する自覚があまりにも足りなかった、だから美しい男を求めた、男も普通に美しい女を求めた、それだけのことだったわけだ。


 俺は死んでいく自分を悟ったネ。だが納得もいかなかった。
 そして生まれて初めて神様に祈ったんだ。

「神様! あまりに不公平じゃありませんか」

 これが俺の最期だった。
 ン? 何だい? 強姦魔の責任転嫁? ああそれでいい、その通りさ。その程度の話よナ。