小児病棟から     


長い夜が明けた。
病棟の窓からは小鳥たちの戯れる声が聞こえる。
さわやかな朝だ。

今朝方、子どもはようやく峠を越えた。
病院に担ぎこまれたときは五分五分だと感じていたが、何とか待ち越したようだ。
今は安らかな寝息を立てている。

私は先ほどのできごとを思い起こしながら、朝焼けの空を眺める。


子どもが助かったと知ると、私の手を握り締めて、母親は小躍りして叫んだ。
「先生、本当なんですね! 本当に子どもは助かるんですね」
そう叫んで涙を浮かべる。
涙は瞬く間に頬を伝い、ポタポタと床にまで落ちた。
私はその無邪気な美しい目を見て、心を打たれる。

後ろでは父親が満足そうな笑みを浮かべ、深く頭を下げると、昨夜から一睡もできなかったためだろうか、ゆっくりとソファに沈みこんだ。
少年の祖母は、ずいぶん前から床にしゃがんだままだ。

「先生、助かるんですね!」
母親はもう一度叫んだ。
「明日からまた、走れるんですね!」

私は少し驚きながら言った。
「それは無理です。まだ、ようやく峠を越したという段階ですから」
「でも、走れるんでしょ?」
「それは、まあ」
「いつになったら走れるんですの?」
「それは、まだ、何とも」
「でも、走れるんですよね。明後日か明々後日には」
「もう少し時間がかかります。何しろ肺炎ですから」
「でも、きっときっとこの子、また走れるようになるんですよね」
私は黙ってしまった。
この子が走れないのは病気だからではない。走るだけの十分な体力がないからなのだ。
病気になるずっと以前から、この子は走らせるにはあまりにも弱かった。
しかし、
両親も祖母もそのことに気づいていない。

そう遠からずして、この子はまた病院に舞い戻ってくるだろう。
親たちが気づくまで、もう2・3回、あるいはそれ以上、死線をさまよわなければならない。
その前に、死なないよう、私は願うだけだ。

長い夜が明けた。
病棟の窓からは小鳥たちの戯れる声が聞こえる。
夫婦の楽しげな会話の声も遠くから聞こえてくる。
残酷な朝だ。