一枚の絵     


あるところに一組の夫婦がいて真面目に、仲良く、つつましく暮らしていました。
そんな生活に二人ともとても満足していたのですが、ある日ふと、奥さんは壁を見ながら考えました。
「この壁、何か殺風景ね」
そこで奥さんは町の美術商のところに出かけ、一枚の絵を買い求めることにしました。

ところが行ってみるとそこにはすばらしい絵が山ほど。
中でも特に気に入ったのは、遠いフランスの風景を描いた大変高価なものでした。
奥さんは迷いましたが、見れば見るほどその絵が気に入ってしまい、自分には不釣合いだと思いながらも、とうとうその絵を買ってしまったのです。

旦那さんは家に帰ってきてびっくりしました。壁に、あまりにもすばらしい絵が飾ってあったからです。
そんなすごい絵は自分たちには不釣合いだと思いましたが、奥さんがあまりにも喜んでいたので、黙ってそのままにしておきました。

何日も何日も、奥さんはその絵を見ながら満足に暮らしていましたが、ある日突然気づきました。
「まあ、この壁紙はなんて不釣合いなんでしょ!」
そうです。
壁紙はあまりにみすぼらしく、絵とまるで不釣合いだったのです。
そこで奥さんは決心をして、その部屋全部の壁紙を張り替えました。

そしてまた何日か満足に暮らした。
しかし、やがて何かが変なことに気づき始めたのです。
「そうだわ。この部屋の家具が合っていない!」
そこで、その部屋の家具すべてを絵や壁紙にふさわしいものに取り替えました。

しかしそうして満足できたのはわずか一ヶ月でした。
やがて奥さんはその部屋だけが建物の中で浮き上がっていることに気づいたのです。
奥さんは家全体を造り変えることにしました。

何回も失敗しているので今度は十分に考え、庭もその家にふさわしいものにしておきました。
奥さんはとても満足でした。
「これでもう変えるものはなし!」
絵も壁も家具も家も庭も、すべてがうまく調和しています。

しかし・・・・。

やがて奥さんはもう一つ不釣合いなものを発見します。
今まで大変な苦労をしてここまで来たのですから、最後の一つを取り除くのにためらいはありませんでした。
彼女は決然と自信を持って、その家で一番不釣合いなもの、つまり旦那さんを追い出してしまったのです。


一人ぼっちになった朝。奥さんはソファにゆったりと座り込んで満足そうに部屋を眺めました。
すばらしい庭つきの家、すばらしい家具とすばらしい壁紙そしてすばらしい絵・・・。
ゆっくりと部屋を見回し、鏡にチラッと目をやり、それからまた深く考え込みました。
そして叫んだのです。
「そうだ、まだおかしなものがあるじゃない!」

彼女はトランクを取り出し、手当たり次第に荷物を詰め込みました。
そしてそれが済むと決然としてその家を出、そして二度と戻って来なかったのです。
そうです。
最後に残った不釣合いなものは、彼女自身でした。


さて、お話はここまでです。
ずいぶん昔に聞いた話でどこで聞いたのかも覚えていないのですが、最近急に思い出して話してみることにしました。
この話のテーマは「人間は弱い」ということです。

あなたたちは眉を切りそろえたり髪を赤く染めたり、そういうことがそれだけのことだと信じているかもしれませんが、そんなことはありません。
髪を赤くすればそれにふさわしい化粧が必要になります。
髪を染め濃く化粧をして、服装だけが普通のものというわけにはいかないでしょう。そこで服装もそれにふさわしいものにしなければなりません。
そしてそこまでしながら、家の中で静かに暮らすなんてそう簡単にできるわけはありません。

どこかに出かけ、それにふさわしい遊びや行動を取らなくてはならなくなります。
そしてそんな遊びをしながら、なおかつ苦しい受験勉強を乗り切るなんてこと、普通の人間にできることではないのです。

確かにとんでもない格好をしてそれでも真面目に受験勉強を続けている高校生もいます。けれどそれは特別な頭や特別な精神を持った特別な人たちであって、私たち普通の人間とは違うのです。
イチロー選手は厳しい筋肉トレーニングをしていないから、ボクもやらなくていいと思う野球部の子はいないでしょ?

私は何をしていても東大くらい軽く入れるという人(そんな天才も確かにいます)、それから高校なんて絶対に行かない、みんなと離れて一人でやっていくんだという人、そういう人は今の話を忘れてもけっこうです。
けれどそうではない人、自分は普通の中学生だと思う人は、忘れないで下さい。
人間は弱いのです。
必要以上のファッションや遊びに気を取られながら、なおかつ苦しい勉強を続ける力などそうあるものではないのです。

え?その時がきたらやるって?
いいでしょう。期末テストが近づいたというので突然その気になり、毎日5時間のテスト勉強を2週間ぶっ続けでできるような強い生徒なら、私も考えましょう。
ね。