シンデレラ 
その1



 ことの始まりは何故、父があのような人を後妻に迎えたのかということです。

 父はインド航路の船乗りで(と言っても航海士で、それは立派な人でしたのよ)、時には一年も家を離れる生活を送り続けた人です。
いまさら結婚の必要もなかったでしょうに、死んだ友人の妻子の面倒を見たいばかりにその人と再婚したのです。
けれどそれにしても、私の母になる人をああも無造作に決めてしまったことは返す返すも口惜しいことです。

 母や姉が私をこき使うことについてはあまり恨みもありません。
働くことは好きでした。
着るもの差をつけられたことも、そうたいしたことではありません、そういうことには無頓着な質(たち)です。

「シンデレラ(灰かぶり)」というあだ名にしても、だからどうというほどのこともありません。事実私は年中灰をかぶっていましたし、「シンデレラ」という口の中で舌がコロコロと転がるような発音は、けっして気分の悪いものではありませんでしたから。

 私が許せなかったのはあの人たちが父を騙していたこと、
・・・いえ、そんな言い方をしてはいけませんね、先程着飾るのは性に合わないと言ったばかりですのに。正直に申し上げます。私が許せなかったのは、あの人たちが生きていること、つまりあの人たちの存在そのものだったのです。

 しばらく私の下品な口振りをご容赦ください、普通の言葉では語ることのできないことなのです。

 あの下品で図々しく、何の飾りもなく欲求をあらわにする、あのような人たちが生きているだけでもおぞましい! しかも毎日その姿を見せつけられているのです、そのなんと苦しいことか!

 ねェあなた? 言うまでもなく私は、望んでこの世に生まれてきたわけではありません。それは父と母の事情でしかないのです。
けれど生まれてきたからには誰でもよりよく生きたいと願うのは自然でしょ? 自分自身の生きる周辺が美しいものであってほしい、その中で自分もまた美しく生きたい、そう願ったとてけして贅沢とは誰も申しますまい。
けれどあの人たちはそんな願いをことごとく砕くのです。

 人をいじめるにしてももっと手の込んだことができそうなもの、それをそれをあの人たちは決してしません。
ただあからさまに我儘をぶつけるだけ。
内では身勝手に生きながら、一度外に出れば手のひらを返したように親切を装う、そのあまりの無邪気さ。
私はあの単純さが絶対に許せないのです。


あの母娘は三人姉妹のようなものでした。性格があまりにも似ているのです。それもそうでしょ、子を教育しようとすれば親子の対立も生まれてくる。子が悪くなるに任せれば(そして親も悪ければ)どこにも軋轢は生まれてこない。あの人たちは年がら年中じゃれ合っていましたよ。無邪気に、本当に無邪気に。


 あなた、ここでの話はここだけにしてください、私にも見栄はありますから。
今はただ、長年胸に納めていたことを誰かに聞いてほしいだけのことです。


 ええそうです。あの馬車も御者たちも、みんな私が自前で用意しました。
家計簿をつけるのも(なにしろ大変に細かい仕事ですから、当然)私の仕事でした。わずかずつへそくりし続けたいくばくかの金銭。近所からいただいた細々とした内職、そしてなによりも実母の残してくれた私の結婚資金、これらが私の舞踏会に使われたお金でした。
カボチャが馬車になるなら、それではあまりにも人生が楽すぎます。魔法使いのお婆さんは、待っているものではなく生み出すものなのですよ。

 ガラスの靴は私の最大のアイデアでした。私は信じられないほど細い足をしているのです。これだけは自信がありました。私が人と変わっているとしたら、それは足のサイズだけで、それが拠り所でした。もし私と同じように異様に小さな足をした娘が他にいたら、こうはならなかったのかも知れません。ガラスの靴は、あなたがお考えになる以上に高価なものでしたのよ。

 12時の鐘とともにお城を去るのも、それは全て計算の上です。
美しいといっても、私は並みのちょっと上を行く程度にしか美人ではありません。馬車も御者も、そうたいしたものが揃えられたわけでもありません。並み居る美しい娘さんの中で、私だけを引立てる最大の仕掛けがここにありました。

考えてもご覧なさい? 社交界の経験がなく、単に本の中で勉強したことだけを頼りに王子の心を射止めようとするなら、そんな晴れの舞台に長居は無用です。ボロが出る前に退出するにしくはありません。そしてそのことが王子の気持ちをつなぎ止める。そう一石二鳥の、そして唯一の方法だったのです。

 案の定、王子は実物以上に私を評価することになりました。ただちょっと可愛いだけの、そう大したことのない町娘に恋をしてしまわれたのです。

目の前から消えて二度と戻らないという想いが、実物以上に私を引立ててくれました。

 いずれにしろ、こうして私は幸せをつかみました。良き者が幸せになり、悪しき者が不幸になる、そうでなくてはなりません。
 あの三人は、この町を追放されました。私が秘かに夫に頼んで成し得たことです。
悔悟はありません。正しくない人は罰っせられるべきです。
悔悟はありません。あの人たちは苦しむべきでした。