シンデレラ
その3



 シンデレラについて、なぜ父親あそこまで冷淡だったのかとのお問い合わせでした。
書面では失礼かと思いそのままにしておいたのを、わざわざここまでお尋ねいただき本当に感謝にたえません。当分故国(くに)に戻る予定はなく、またこのような大切なことを憶測で書かれることも本意ではありませんので、随分と気にはしていたのです。

 お問い合わせの件については、こうお答えするしかありません。
一言で言えば、義弟はそれなりにシンデレラに思い入れをしていたのです。父親らしい愛情も責任も、それが正当なものであったかどうかは別にして、あることはありました。社会的には決して立派とは言いがたい人でしたが、それでもこれだけは彼の名誉のために申し上げておきます。

 しかし、だからといって、あの男の肩を持とうとしているなどと、決して思わないでくださいまし。
私どもはかつて一度たりともあの男を許したこともありませんし、今後許すことも、私の生きているかぎりはありえないことです。
たしかに、あの男の罪はそう多かったわけではありません。けれどただひとつのことでも、許せないことというものはあるのです。


 わたしが許せないのは、あの男が若い私の妹をたぶらかしたという、ただそれだけのことにすぎません。
しかし資格のないものが恋愛をすること自体が、私に言わせれば罪なのです。

妹が結婚したとき、シンデレラはすでにあの子の腹の中にいました。いえ正確に記せば、お腹の子を産むために妹は結婚したのです。

・・・・・・まだ16でした。
それしきの年の娘に声をかけ妊娠させられる男がどんなものか、それに気づかなかった妹は愚かですし、そんな娘しか育てられなかったことは私たち一族の恥とするところです。

今でも私を含め私たちの家族は、あの子の忘れ片身を本名で呼ばす皆が言うように「シンデレラ」と言います。それは世界中に名の知れてしまった姪を通して、私たちの名が漏れることを恐れるためです。
(けれど誤解なきよう。一族の恥は私たちの有りように対するものではありますが、シンデレラやその母に向かっていくようなものではありません)

 愛した人と結ばれ、やがて愛がなくなるのは不幸なことです。初めから愛のない結婚は、さらに不幸かも知れません。
けれどいずれにしろ、それはその人の選んだ人生なのです。
選択が正しければその喜びを享受できるし、間違っていればその不幸を背負うしかない、それが選ぶということの意味です。
不幸になりたくないからといって選ぶことを回避しようとしても、それはかなわない。回避もひとつの選択には違いないのですから。そしてそのことに人生の意味もあるのです。

そうではございませんこと? 一度の選択で一生が決まってしまうなら、そんな残酷な生ならば、人生は生きるに値しません。私たちは不断に選ぶことを強要されているからこそ、常により良き生を目指せるのであって、そこに生きる面白さもあるはずです。


 いえ、あなたに人生をお教えしようというのではありません。私の一族の家訓をお話しているだけです。誤った選択のあとにも、最良の選択は残されてると言いたかっただけのことです。

 けれど、この点でも妹は愚かでした。
 結婚したとき、義弟もまた二十歳そこそこの若者です。いくらでも変わりようのある若さです。
愛せない男でも愛すよう努力すればよかった、愛せない男を愛せるだけのものに育て上げればよかった、それだけのことでした。
それにもかかわらず妹は、いとも簡単に夫を見限り、あっさりと最悪の選択に身を投げ込んでしまったのです。

妹は愛情のすべてをシンデレラに注ぎ込みました。
今でも妹は近所で評判だそうですね。必死だったんですよ。目に浮かぶようです。周囲の皆にシンデレラが可愛がられるよう、そんなことばかりを考えていたに違いありません。
二六時中近所への贈り物を考え、あの娘の服装や言葉使いを考え、教育を与え、マナーを教え・・・・朝から晩までシンデレラ、シンデレラ、シンデレラ。

 そんな生活に夫である義弟が満足するはずもありません。
ちょうど仕事が軌道に乗ってきた時期で、それだけでも家に帰らない理由にはなりますわね。その上家庭が十分に満足いくものでなく、そうした家庭につくりなおす熱意もなく、ただ平穏にただ娘に両親があるほうが良いとなれば、あの人の生き方も自然制限されたはずです。

 繰り返し申しますが、あの男は弁護するに値しません。その後どれほどの努力をしようとも、それでも許されない罪というものは確かにあるのです。

 妹が亡くなりまして後、義弟はそれなりに努力しました。
グリムの話はその点では事実です。
確かに彼はシンデレラが母親と同じようにどうしようもないろくでなしと結婚しようとしたとき(シンデレラには王子に見えたのです)、全力を尽くしてその邪魔をしました。
そしてまた、あの人は娘の妄想のいちいちにクギを刺して倦むことを知りませんでした。カボチャの馬車もガラスの靴も、シンデレラが話す度に熱心にそれが虚妄であることを証明し続けました。けれど・・・・

 けれどそれに何の意味がありましょう。

 あの娘に必要だったのは無条件の同意だったのです。あの娘の妄想に果てしなくつきあい、地獄の底まで一緒に行ってあげようとする、そうですね、やはりここまで来るとこう申し上げるしかないでしょう、言わばそれは母性のような愛です。
とても論理的とは言えない、けれど闇雲の、「愛」そのものだったのです。

 くどいようですが、私は義弟を許しません。しかしそのような対処のしかたなど、あの男にはとうてい考えつくことのできるものではありませんでした。

幼いときに遊んでやりもしなかった、成長していく楽しみに身を浸しきることをしなかった、幼い子の欝陶しさに腹を立て愛らしさに狂うような喜びを噛みしめ、子の病につき合うことも、子の喜びを共に喜ぶこともまるでしてこなかった、そのような父親が娘にしてあげられることなど、そう多くはないのです。

そうです、彼以上に死んだ妹に罪があります。父親がありながら、すべてを自分の中に包み込んだ妹にこそ、問題のすべてがあるのです。


 ああ、シンデレラ、******、育まれた不幸よ!

(著者注・***部分、原文判読不能。本名が書かれていたと思われる)