崖っぷち
スコットランドの東部の町、ラウルの町外れには、この地方特有の断崖絶壁がある。
高さ50mはあろうという垂直の壁の上には、ほとんどまっ平と言っていい牧草地が広がり、
そこにいくつもの羊の群れがまとまって草を食んでる。
一つの群にひとりの羊飼い。
彼らは周到に羊たちを見守る。
ひとりは年中、羊に歌を歌わせたりダンスをさせたりと、この小さな生き物たちの注意を自分にあつめ、一瞬たりとも気持ちが逸れないようにと余念がない。彼は一日中疲れ果てているが、近所の噂ではそれでもだいぶうまくなってきたとのことだ。
ひとりはついに囲いを作り、その中に羊を閉じ込めてしまった。
あんな狭い中に入れられては可愛そうだと思うのだが、断崖から落ちて死ぬよりは幸せだと彼は言っている。
別のひとりは朝から晩まで走りまわって、暴走する羊を抑えるのに必死だ。
羊はなぜ、あれほどまでに崖が好きなのか……気を許すと常に海へ海へと向かって行ってしまう。それをいちいち抑えて回るのだが、あんなやり方では遅かれ早かれ、彼自身も羊とともに海に落ちてしまうのではないかと みんな心配してる。
しかし他に手はないのだ。
羊飼いの中でもっとも年長のひとりは、実にうまく世話をする。
この年長者によると、群をつくる生き物の中には必ず先導獣というのがいて、そいつが動き出すとみんなが後を追うのだそうだ。
特にリーダーシップを取る羊というわけではないが、何かの拍子にすうっと動き出す羊、その先導獣をいち早く見つけ出すのが彼の技量だ。
見つけ出すと彼は周到に近づき、さりげなく寄り添って、いつのまにか安全な方に導いてしまう。
どうしてあんなにうまくできるのかと、みんな不思議に思っている。
去年は暴走し始めた羊を抑えきれずに3人の羊飼いが死んだ。おととしは2人だった。
そしてたくさんの羊たち…
最近は気の荒い羊や冒険好きの羊が増えたらしく、羊飼いたちは皆苦労している。
あっちの羊を追いかけ、こっちの羊を押さえとしているうちに、肝心の草を食わせるという仕事を忘れてしまい、 羊も、その飼い主も、ヘトヘトになって帰ってくることも少なくない。
昔は甘いものや鞭をつかって羊を守ったものだが、いまはそんなことをする者はいない。
町の議会はあいかわらず、羊はつらい思いをせず、崖っぷちで遊ばせておくのがいいと言い合っている。