地球全体の異常気象のためか、ここ20年あまり波が沖の防波堤を越えて浜まで押し寄せるようになった。
人々は年々その波が高くなるのを不安に思ったが、同時にその頃,、一部の学者たちは奇妙な学説を打ち立てるようになった。

それは、
「波というものは結局、沖の防波堤がつくる自然な現象である」
というものである。

彼らによれば、波は防波堤があるからこそ、これを乗り越えようとするものである。防波堤さえなければ、波は浜までの500mほどの間に静まってしまうはずのものだという。

数十年前、沖の防波堤をつくった人々はこの話に首を傾げたが、その高名な学者の説は不思議と人々の支持を受けることになった。
波を押さえるにはこれ以上楽で金がかからないことはあるまい、ということもあったのかもしれない。

人々はやがて沖の防波堤を壊し始めた。

崩すにしたがって波は今まで以上に激しく押し寄せるように見えたが、彼らは学者の説を信じ、もう少し丁寧に崩していけば、きっと収まるに違いないと考えた。

しかし波は激しくなる一方で、ついに浜の防波堤まで脅かすようになった。
特に海の荒れる日、狂った波はしばしば防波堤を越え、町の一部を飲み込むまでになった。

するとくだんの学者たちは、また新しいことを言い始めた。

「浜の防波堤を高く頑強にせよ。すると波は収まるだろう。波というもは偉大なものを目にすると、その威力が衰えるものだ」

高波を恐れる人々はこぞってこの説を支持した。

もう誰も沖の防波堤のことは考えない。
いまさらもう一度、沖に防波堤を、とは誰も言えないのだ。

しかし村の古老たちは知っている。
どんなに防波堤を高くしようとも、食い止める場所が一つしかないとき、波はどこからかそれを破壊し始めることを。