学校のスリム化


 死語というのはこうあるべきだという手本のように、完全に世の中から消え去った言葉。

 元は、
子どもの教育における学校、家庭、地域の役割分担を見直し、生活習慣のしつけなど子どもの教育にかかわる何から何までを学校に期待する過度の学校依存を改善しようとする考え方。1995年に発表された経済同友会の「合校」構想によって注目されるようになった。

 たまたま当時マスコミ上で「肥大する学校論」「学校拡大論」「学校化社会論」が蔓延しており、
「教師が押し付ける学校的価値観(明日のために今日を我慢する『未来志向』と『ガンバリズム』そして『偏差値一元主義』)が、社会を圧倒し、そこから生まれる『がんばり競争』が、敗者には不満、勝者には不安を与える」とか、
「食事から生活習慣、親子関係のあり方にまで口出しする学校」とか、
「自分たちだけが正しい信じる傲慢な教師たちの家庭侵略」とかいった学校批判が広がっていたため、「学校のスリム化」論は瞬く間に広がった。
 合言葉は
「子どもを学校から取り戻せ」または「地域・家庭に子どもを帰せ」
 
 ところが、
 1995年(平成7年)に隔週の5日制が始まり(月一回は1992年から)、2002年(平成14年)の完全学校五日制が近づくに従って、人々はビビッた。
 いまさら子どもを帰されても困るのだ。
 
 間違っても子どもを帰してくれるなとの保護者の要望に応えて、市は学童保育を充実させ、公民館もさまざまなイベントを組んだりしたが、素人が子どもを何十人も集めてもうまく行くはずがない。
 そこで、
「学校の子どものことですから、ぜひ」ということになって何故か職員がボランティアで宿泊教室に駆り出されたりする。
 
 中学校では土日の部活が原則禁止になって学校から切り離されると、息子たちがボロ負けするかも知れないとの恐怖に駆られた親たちが社会体育の組織をたち上げる。そこまでは良いが、中学生のスポーツの指導ができる人材がそう簡単に見つかるはずはなく、結局、
「先生に見ていただけるといいのですが・・・」と学校に泣きついてくる。学校の部活としてやっている間は特殊勤務手当ての関係で(*)、1日3時間までといった制限があったが、ボランティアになると時間は無制限である。
 
 学校がスリムになると教員の仕事が増えるという極めてやっかいな事情に気づいてから、教職員もまた、これに否定的となった。
 
 かくて、誰にとっても何のメリットもない「学校のスリム化」は死語辞典に加えられるに至った。


* 特殊勤務手当て
 部活動のために休日出勤をすると4時間あたり1450円の手当てが出ることになっていた。従って、学校は内規で「土日の部活動は3時間以内」とする規定をおくのが普通だった。これだと1銭も払わなくて済む。
 ただし、大会の地区予選を休日に行ったりするとどうしても8時間以上はかかるため、申請すれば2900円の手当てが出された。
 時給に直すと360円ほど。
 高校生の時給の半分以下である。バカらしいので私はもらったことがない。

*追記
 4時間1450円の特殊勤務手当てが見直されると言うので楽しみにしていたら8時間2400円になってしまった(時給300円)。しかも8時間やらないと1銭もでない計算である。これに順じて3時間規定もなくなるかと思ったが、さすがにそこまでえげつないことはしなかった。多少の節度は感じた。(2009.06.21)