シンディー
   ・ワーク

《小学校教師の5月》

朝の健康観察

小学校の1年生朝の最初の仕事はあいさつと健康観察。
ひとりひとりの名前を呼びながら、元気な子には「元気です」と言わせ、体調の悪い子にはその様子をしゃべらせる。

1年生だから元気な子は本当に元気そうに大声で「元気ですッ!」と叫ぶ。そうしなければならないと思っている子が多い。
しかし中には、とにかく何か訴えておかないと気がすまないという子もいて、丸2ヶ月近く毎日「かぜ、ひいていますッ!」という子もいる。
「体育、休む?」
と訊ねるとあわててクビを横に振るのだから、それとこれとは別、ということらしい。

アルゲリーですッ!」
というのもいて、どんなに難しい病気かと身構えたら単なる「アレルギー」の間違いだったり、
とうに時期は去っているはずなのに「スギ花粉ですッ!」というのもいる(おいおい、そもそもお前は花粉なのか?)

ひとりが言うと気分に乗せられてその他次々と病人が現れて、さながら患者の会の自己紹介みたいになってくる。
「おなか痛いですッ!」(やたら元気だ)
「足、痛いですッ!」(コイツも元気だ)
「ネコ・アレルギーですッ!」(学校にネコはいないだろ?)
「風邪ひいてますッ!」
「鼻詰まりですッ!」

そしてついに出た

「のど詰まりですッ!」
(お前、死ぬゾ)


子どもの言葉
朝から晩までどこかで誰かが喧嘩している。
喧嘩なら喧嘩らしくサッパリとやればいいのに、弱い方はすぐに訴えてくる。
「せんせ〜〜〜、何もしないのに、タクヤが叩いてきた〜〜、ウェ〜ン」
一年生だからまったくないとは言えないが『何もしないのにいきなり叩く』ということはそうはない。
それが完璧に身勝手な思い込みだったとしても、やった方にそれなりの言い分がある場合も多いのだ。
そこで両者引き合わせの上、尋問となる。

「タクヤさん。ヒロシさんが『何にもしてないのに叩いた』って言ってるけどホント?」
「ヒロシの方が先に蹴ってきた」
「ホラごらんなさい。ヒロシさんの方が先に蹴ったんでしょ?」
「ボク蹴ってないも〜ン」
「もう一度聞くけどタクヤさん。ヒロシさんは蹴っていないって言ってるけど、どう?」
「蹴った。先にヒロシが蹴った。だから叩き返した」
「ヒロシさん、ホントのところどうなの? 」
「ボクは絶対に蹴ってないも〜ン」
・・・・永遠に続く繰り返し。

そこでここは先入観の動員。
「ヒロシさん! アンタなんかやってんでしょ。タクヤさんは何もしないのに蹴ったり叩いたりする子じゃないのよ。よ〜く思い出してごらん。わざとやらなくても何か当たっちゃったとか叩いちゃったてことない?」
「・・・・・・」
「あるんでしょ、言ってごらん!」
「・・・ボクね・・・ボクね・・・キックしちゃった・・・」
「ホラごらんなさい、やっぱりやってるじゃない」
「だってボクやってないもン。ボク蹴ったり叩いたりしてないもン、キックしただけだもン!
(どういう世界に生きてンだ? コイツ)




イモの苗を植える。

学校農園がある。
子どもに農業体験をさせ、それで育てようというものである。

これが高学年で優れた学級だと子どもが主役、教師は脇役でいられるのだが、一年生はそうは行かない。
「主役が担任」はいいにしても、お手伝いが35人もいたりするとかえって面倒だ。

30数人が同時に、バラバラに動いているわけだから、担任が仕事をしながらも終始目も配り続けなければならない。
そのうち案の定、
「せんせ〜! マサシくんが木の札抜いちゃたよ〜〜〜」
などという話が出てくる。

見ると一年生の場所を示す標識が地面に投げ出されている。
イライラしているから私の声も荒くなる。その剣幕におされて、子どもの顔も恐怖に引きつる。

「マサシさん! どうしてそんなことスンの!」

「ク・・・草と間違えました・・・」
マ、一年生の言い訳なんて、こんなモンだ。


どうにかならないか混合名簿

何か困難な社会変革をめざすとき、必ず現れる「小さなことでも、まず、できることからしよう」の合言葉は、時に「弱いところから叩こう」に変形する。
そんな調子でまず学校が叩かれ、その後サッパリ先へ進まないことも多い。


私の学校では3年前から混合名簿を扱っている。
昔は男女別、男子優先。生年月日順(中学校は五十音順)が一般的だったが、相次ぐジェンダーフリーの嵐の中で、男女ごちゃ混ぜの名簿が使われるようになった。
私としては生年月日順の方が(低身長などの発達障害の見落としがないので)いいと思っているが、また何を言われるか分からないので(ということなのかな?)、現在の勤務校では混合の五十音順である。
そしてこの混合名簿、一年生の担任にとってはまったく迷惑なものなのだ。

もともと学校には2種類の並び方があって、それだけでも一年生にとっては苦労の種だった。
「背の順」といっても空間の広さによって、背の順2列、4列、時には3列と、何種類も覚え、そのつど的確に動かなければならない。それ以外に(主として体重測定などの保健行事に使われるのだが)名簿順という並び方があるが、それも2列・4列とバリエーションが多い
そこに、男女別名簿順、という極めて分かりにくい並び方が加わったから、これはもう一年生の能力を上回っている。


入学4日目の身体測定(身長・体重・座高の測定)から始まり
歯科検診
内科検診
ツベルクリン摂取
ツベルクリン判定・BCG摂取
心電図検診
耳鼻科検診

聴力検査
視力検査

・・・と4月・5月は保健行事が目白押し。(が男女別名簿順、が普通の名簿順)

ツベルクリンなどは注射が怖いと泣き出す子をなだめ、腕を引く子を押さえつけ、脱走しそうな子に目を配りながら順番が守られているかも確認しなければならないから、それこそ戦闘状態なのだ。

一組の男の先生が言っていた。
「こんなことなら、差別は逆差別でしか解消しないとか言って、『男女別、女子が先、男子が後』にしておけばよかった・・・」
私もそう思う。


保健室には「学級保健簿」(保健関係の原簿)・「健康診断票」(健康診断に関する公簿)、「歯牙検査票」(歯に関する公簿。記載内容が多いので「健康診断票」とは別になっている)の3種類の書類があるが、主に体重測定の関係から「学級保健簿」だけが男女別になっているのに対して、他の2つは公簿であるために混合名簿にしなければならない。