キースの
   お仕事

《中学校教師の4月》


公立高校の入試が行われる


入試の朝、風邪でフラフラの受験生を医者に送り込み、最小限の注射と薬で入試会場に送り込んだ経験を持つ教師は少なくない。相当にヤバイ状況だ。
幸いなことに今年はインフルエンザの流行はなかったが、この時期、3年の学級担任を恐れさせるのはそれだ。
無事、これ名馬。何はともあれ、今年はこの関門を難なく乗り切った。


かつては責任回避の意味もあって受験生は会場集合ということもあったが、保護者の依存心の高まりと、教師側の保護者不信(もしかしたら連れて来てくれないかもしれない)の高まりが見事に一致して、集団行動が一般的となっている。

全校職員の手を借り、受験生は受験校ごとに集合時刻を定め、駅に集まる。公共の交通機関を使うのは、万一遅刻した場合、交通機関の遅延証明があれば別室受験が可能だからである。
全員揃ったら、さあ出発。

高校について受験番号ごと並ばせると教師の仕事は半分終わり。あとは待合室で日長一日待っているだけである。
早くも通知票を持ち込んでせっせと書いている人、黙々と本を読み続ける人、疲れが一気に出てひたすら眠っている人・・・それぞれ行っていることは様々だ。

試験が一教科終わるごとに高校の担当者が待合室に入ってきて試験問題を掲示する。
専門外の教師はただ眺めるだけだが、担当の教科だと同じ教科の教師が集まってきて、自然に評価の時間になる。
最近の入試問題は本当に良くできていて、私たちの予想があたらなくなってきている。思考力を問うテストというものはそういうものだが、別な見方をすれば、努力家よりもセンスのあるものが浮かばれるテストともいえる。


昼飯を食う。
まだ時間がある。

午後もウツラウツラと時を過ごす。
まだ時間がある。

すべての試験が終わり、生徒がにぎやかに飛び出して来ると仕事再開。
どの顔も晴れやかに見える。




最後の5日間


3年の生徒はもう勉強はしない。
バスケットボールクラスマッチ、卒業式の練習、学校の環境整備の奉仕活動など、最後のまでの5日間を、すさまじい勢いですごすことになる。

入試の重圧の外れた3年生のクラスマッチは、ほとんど格闘技の状態。
シュートしようと腰を屈めかけたところ下からアゴを蹴り上げられ、カウンター状態で飛ばされたとか、コートから突き出された勢いでギャラリーの中に飛び込んでしまったフリをしながら女の子の体に触ったとか、訳のわからんファウルが続出する。


奉仕活動といっても、ヤツらは働かん。
もともと働かん上に、もう内申書のことも考えなくて済むから、なお働かん。
愛校心などというものは右翼的発想として(たぶん)3万年くらい前に滅びているから、他人のもの(学校)のために働くなどということは彼らにはわからない。
やらせる方は必死だが、やらされる方はのんびりと、春の暖かな陽射しを浴びながら、トロンとした目つきで、雑巾を振り回している。

卒業式の練習もまた然りだ。





合格発表


一般に、中学校の教師は事前に生徒の合否をつかんでいる、と思われているが、実はそうではない。私たちが知るのは生徒・保護者と同じく、当日だ。

ただしすべての高校に職員を配置して合否をチェックするなど当然馬鹿げているので、高校側が気を利かせて、地域の全高校の合格者名簿を一括して渡してくれる。
毎年当番の高校が決まっていて、そこへ行けばすべての名簿が手に入る仕組みになっているのである。しかしそれでも、各校の発表掲示と同じ時刻だ。

中学校では、その名簿をもらって来て高校ごとの合否チェックが始まる。
本年度は153名中13人の不合格。
ほぼ予想通りの結果だった。

「予想通り」だと私たちは安心する。
その子たちにはすでに「落ちた場合」の手立てを打ってあるからである。
私立高校との併願、定員割れ再募集の高校への再受験などがそれなのだが、ひとりだけ困った子がいた。

少年Xである。

この子はB高校に志望していたのだが、最初の出願を終えた段階でランク上のA高校に定員の空きがあることが分かり、到底無理だという担任の制止を振り切って、志望変更の上A高校を受験した子だった。

定員割れとなると合格の確率が飛躍的に増すのは周知のこと。しかしそれにしても成績は低すぎた。
いくら何でも合格はないだろうと考える担任はしぶしぶだったが、なにせ「厳しい輪切りは子どもをゆがめる」というご時世、仕方なくA高校に出願変更をしたのだが、その子が落ちた。
さらに困ったことに少年Xが再受験可能なのは、一度出願票を抜き出したB高校しか残っていなかったのである。

「前代未聞の出戻りですナ」
などと皮肉を言われながら、担任は泣く泣く再募集の手続きをしに行った・・・・(合掌)


後に分かったことだが少年Xは志望変更したA高校で、数学の問題が分からず答案用紙にどでかいドラぇもんを書いて、あとは寝てすごしたという。
人の気持ちの分からないヤツだ。

さらに合格発表の日。自分の番号のない掲示板の前で、友だちと馬鹿を言い合ってさあ帰ろうと振り向いたら、そこにカメラを構えた男がこちらを向いていたので、思わず笑ってVサインを出してしまったという。

その写真が翌日の地方紙にデカデカと載った。
「受験生、喜びの表情」
だ、そうである。

教師でよかった・・・、親でなくて。