キース・アウト
(キースの逸脱)

2010年10月

by   キース・T・沢木

サルは木から落ちてもサルだが、選挙に落ちた議員は議員ではない。
政治的な理想や政治的野心を持つ者は、したがってどのような手段を使っても当選しておかなければならない。
落ちてしまえば、理想も何もあったものではない。

ニュースは商品である。
どんなすばらしい思想や理念も、人々の目に届かなければ何の意味もない。
ましてメディアが大衆に受け入れられない情報を流し続ければ、伝達の手段そのものを失ってしまう。

かくして商店が人々の喜ぶものだけを店先に並べるように、 メディアはさまざまな商品を並べ始めた。
甘いもの・優しいもの・受け入れやすいもの本物そっくりのまがい物のダイヤ
人々の妬みや個人的な怒りを一身に集めてくれる生贄
そこに問題が生まれれば、今度はそれをまた売ればいいだけのことだ。


















2010.10.01

道徳で「誘拐の脅迫状」作成 山梨の小学校
共同作業の重要性狙い


産経新聞 9月 30日]


 山梨県韮崎市の市立小学校で、5年生担任の40代男性教諭が道徳の授業で誘拐事件の 脅迫文を思わせる文章を児童に作らせていたことが30日、市教委から県教育委員会への報告で分かった。県教委は「不適切な文面例」として男性教諭に市教委 から授業の改善を指導するよう求めた。
 男性教諭は27日の授業で、クラスの児童をグループ分けして、黒板に「担任の身柄を確保した。返してほしければ7時、ちびっ子広場に8千円もってこい。 1秒でも遅れると命はないものと思え」などと書き、児童に配布した新聞から必要な文字を切り取り、用紙に張らせ、同一文書を作るよう指示した。
 学校側が事態に気づき、事情を聴いたところ教諭は「共同作業で友人と協力する大切さを知ってもらおうと思った」と説明したが、良くない例だったと反省しているという。



 ここのところこんな話ばかりだ。何んとかならないか。
* 園児前に「ドは毒殺のド」=幼稚園バス運転手が替え歌―愛知(時事通信)

* 小3担任が算数出題「18人の子供を3人ずつ殺せば何日で全員を…」 愛知 (産経新聞)

* あの殺人算数の教諭、児童に「みんなを殺す夢見た」と明かす (産経新聞)

* 女性教諭が名指しアンケート「直してほしいところ」…渡され小5転校 (産経新聞)

* 「小6は粗大ごみ。卒業式は大掃除の日」 福岡の教諭が暴言を謝罪 (産経新聞)

 それは中には「?」と首をかしげるものもあるが、それとて「?」程度のものだ。何も目くじら立ててマスコミに訴えるほどでもないだろう。マスコミもマスコミで、こんなものが記事に値すると本気で考えたのだろうか(本気で考えたからこそ記事になったとは思うが)。

 とにかく子どもの心を小指の先ほどにも傷つけてはいけない、死や恐怖から1mmでも遠くに置いておかなければならない、悲しい思い苦しい思いをさせてはならない。それが現代の世間の常識なのだ。
 
そこには鍛えるとか意図的に傷つけるとか、乗り越えさせるといった発想はこれぽっちもない。

 しかしここまで子どもを大切にするなら、
 どうか頼む、二十歳になったとき突然大人あつかいをして相応の力を求めたりしないでくれ。

 子どもたちがどんなに大きくなっても、
 いやな思いや悲しい思いをせず、誰もその子を傷つけず、死も恐怖も苦しみもない世の中を用意して維持してくれ、
 子どもは世界がそのようなものだと思いこまされて育っている。
 自分が一言訴えれば社会が全力で守ってくれるのだと信じている。
 そんな子たちを裏切ることだけはよしてくれ。



 11年前の1月、「荒れる成人式」のニュースに憤慨したところからこの「キース・アウト」は始まった。
その日の記事を書いておく。(2000年1月10日)


新しい世界に旅立っていく君たちに、SuperTは心よりの哀悼の意を表する。
可愛そうに君たちの多くは、新成人としての十分な力をつけてもらえることなく20歳を迎えてしまった。
それは君たちの罪ではない。

今日のニュースはどれを見ても君たちの仲間の無作法を嘆くものばかりだ。
式典に似つかわしくない服装だとかいつまでもやまない私語だとか、鳴り続ける携帯だとか……
だがそれは君たちの罪ではない。
君たちは育てられたようにしか育たなかったし、教えられたとおりにしか学ばなかった。

何よりも大切なのは自由であって、何人もそれをさえぎることはできないと、君たちは教えられてこなかったか。
人の話を聞かないのは君たちの罪ではなく、楽しい話をしない相手のせいだと教えられては来なかったか。
大人は常に君たちを型にはめようとする、だからそれに従ってはいけないと言われて来なかったか。

学校で生徒が主役であるように、成人式では君たちこそ主役なのだ。
そうである君たちが、さまざま制約を受けていいはずはない。
ステージにはマイクがありいくらでも声を大きくできるのに、こちらの小声の会話をさえぎるのはあまりに不公平だ。
せっかくかかってきた電話に出るなというのは、「人にいやな思いをさせてはいけない」という原則に違反しないか。
妙な服装にしたって、卒業式に「着ぐるみ」で出席した時は「個性的だ」と新聞でも誉めてくれたじゃないか。
その通りだ。君たちは教えられた通り生きている。

おいしい話をチラつかせた後ですべてを奪うのはサギだ。



やっと気づいたね。そうだ、サギだ。
しかしだまされた君たちに罪があるわけではない。







2010.10.02

発達障害8歳男児の胸骨折る 小学校教諭書類送検


神戸新聞 10月 1日]


 発達障害の傾向がみら れる小学3年の男児(8)を押さえ付けて骨折させたとして、淡路署は傷害の疑いで、淡路市内の小学校の男性教諭(32)を1 日、神戸地検洲本支部に書類送検する。同市教委は「男児がパニックを起こしたのでその場から離れさせようとした。対応は適切だった」として、教諭の処分は 見送る方針。しかし、兵庫県教委は「重傷を負わせたことはおかしい」と問題視している。
 送検容疑は、6月3日の授業中、教室にいた男児の手首とあごをつかんで背中を棚に押さえ付け、胸の骨を折る約4カ月の重傷を負わせた疑い。
 同署や学校などによると、教諭は、男児が宿題を忘れたことを理由に課題を追加したが、男児がすぐに「終わった」と答えたためしかったところ、パニックを起こしたという。教諭は保護者に「両腕を持ったら棚と自分の体の間に挟まった」と報告していた。
  しかしその後、男児が日記に「首を絞められて苦しかった」と書いていたのを保護者が見つけて学校に問いただしたところ、棚に押さえ付けたことを認めたとい う。学校側は「男児が鉛筆を持って震えだしたので、周囲の児童から引き離した。苦しめたことは謝罪した」と説明している。
 男児は注意欠陥多動性障害(ADHD)とみられるが、これまで大きな問題はなかったという。保護者は「やりすぎだ。学校の対応次第では訴訟も考える」と憤る。
 一方、県教委特別支援教育課は「障害の有無にかかわらず、子どもにけがをさせたこと自体、問題だ。宿題を忘れた罰で課題を増やすという指導方法もおかしい。障害の影響で宿題を忘れていたのなら、それに応じた支援の必要がある」と指摘している。


 興味深い記事である。あまりにも謎が多い。

 注目すべきはまずそのけがの重さ。
 私見ではあるが通常、全治2週間と言えばほとんどかすり傷、ところが3週間となると途端に重くなる。これ以上が一般的には重傷であるといっていい(交通事故だと1か月以上、火事だと3週間以上と聞いたことがある)。しかし記事は全治4カ月なのだ。
 
いかに子どもであろうと棚に押さえ付けただけではこうはならない。この教師、それ以上のことを絶対にやっている。
 にも関わらず追及されないのはなぜか?

 新聞も、
これほどの大きな事件なのに、記事としては異常なほど小さいのはなぜだろう。
 そもそも
胸の骨を折る約4カ月の重傷というのもイメージがわかないが、何本の骨が折れたのか、内臓の損傷はどれほどのものだったのか。さらに突っ込んで調べるべきではなかったか。
 
 第3の謎は、これほど大きな傷害事件なのに市教委が、
 
(略)対応は適切だった」として、教諭の処分は 見送る
 ということである。

 世の中、今や「18人の子供を3人ずつ殺せば何日で全員を…」と算数の問題を出すだけで
 
市教委は7月16日付で教諭を厳重注意処分とした。
 という時代である。
4ヶ月の重傷を負わせておいて「対応は適切だった」はあまりにも妙だ。
何かよほど確かな情報でも掴んでいるのだろうか。

 さらに市教委から詳細な報告を受けているはずの県教委が市教委に同調せず
問題視していること、これが第4の謎だ。

 そして最大の謎は、
こんなあいまいな話がそのまま新聞記事になったことである。

 続報を待とう。
 
 
 




2010.10.25

正解は「妹を殺す」 教諭、小3の授業でクイズ 杉並


読売新聞 10月23日]


 東京都杉並区立浜田山小学校の女性教諭(23)が、授業中に自殺や殺人を題材にしたクイズを出題していたことがわかった。同校は23日に臨時保護者会を開き、岩崎義宣校長が「不適切な指導だった」と謝罪した。
  同校によると、問題となっているのは、19日の2時間目、3年生の算数の授業中に出したクイズ。「3姉妹の長女が自殺し、葬式があった。その葬式に来た かっこいい男性に、次女がもう一度会うためにはどうすればよいか」という趣旨の質問で、答えは「三女を殺す(また葬式をする)」だったという。
  保護者からの匿名の投書が21日に岩崎校長に届き、発覚した。教諭は「授業時間が余っていたので、学生時代に友人からきいたクイズをふと思い出し、言ってしまった。授業を楽しくしたいと考えてのことだったが、軽率だった」と話しているという。



 最近はこんな記事ばかりだ。
 ひとつこのタイプがニュースになると分かると次から次へとほじくり出される。保護者もここぞとばかり訴える。

 要は1年200日以上ある授業日の、毎日ある数時間の一部で起きたほんの一瞬のエピソードなのだ。私たちは1000時間を超える授業時間のすべてを、緊張の連続として過ごすことはできない。そんなことをすればまず子どもの息が詰まってしまう。そこで様々に工夫して、授業にリズムをつくり緊張と弛緩を繰り返す。そうした弛緩のほんの一瞬を捉えて、あたかも学校教育全体が狂っているように報道する。それが正しいあり方なのだろうか。

「三女を殺す(また葬式をする)」は言うまでもなく上品ではないし軽率には違いない。しかしだからといって臨時保護者会を開いて謝罪し、全国ニュースにするほどのことなのだろうか。子どもの教育の場から“死”や“殺人”はそこまで遠ざけられなければならないのか。

 もしそうだとしたら、私は他にも処分してもらわなければならないたくさんの事例を知っている。
 子どもは学校のみで教育を受けているわけではないのだ。大量のテレビ番組、マンガ、小説、インターネット、ゲーム、新聞記事その他もろもろから学んでいる。
小学生が一年間に見るテレビの時数(918時間)だけを見ても、学校の全授業時数(831.75時間)より多いのだ。これにゲームやマンガの時間を加えたら学校教育など霞んでしまう。

 彼らはその中で大量の殺人を経験する。
 旬は過ぎたとはいえ今も人気のある「名探偵コナン」の中では、二週に1回以上の割合で人が殺される。「少年探偵団」の周辺は死臭で満ちている。
 その他
刑事ドラマや時代劇・映画劇場、その中で繰り返される殺人事件は一日平均何件で、殺される人間の数は一日何人ほどになるだろう。途方もない数であることは間違いない。

 もっとも堅い番組はどうか。そう思ってニュース番組にチャンネルを回せば、そこでも殺人や戦争が扱われない日はほとんどない。さらにそれを新聞・雑誌が後追いして詳細な記事を書き送る。中には
ここまで丁寧な殺人手順・遺体状況の記述が必要なのかと首をかしげるほど詳細極まることも少なくない
 さらにインターネットにテレビゲーム(例えば
「バイオハザード」1ゲームの間に、子どもはいったい何十人の人間モドキを殺しているのか)。
 それらに比べたら
「三女を殺す(また葬式をする)」など、屁のような話だろう。
 
 え? 学校教師の発言とテレビとでは影響力が違うって? 
 もし本気でそう考えるなら私たちではなく、あなたの属するテレビ・コマーシャルのクライアントや新聞の広告主の前で言ってみるがいい。
 「私どもの事業は、30〜40人のクラスでの1教師の発言より影響力はありません」と。
 
 





2010.10.26

「バカなんじゃないか」小2担任が学級通信で児童を非難

産経新聞 10月26日]


 大阪府箕面市の市立小学校で、2年生の担任の男性教諭(56)が、クラスメートをいじめたとする男児について「バカなんじゃないか」「相当な心の病を抱えているとしか言いようがない」などと、学級通信で非難していたことが25日、学校関係者への取材で分かった。学校側は、学級通信が保護者に渡ってからその内容を把握したといい、校長は「内容は許し難いことで、子供を傷つけ大変申し訳ない」と話している。

 問題になっているのは、男性教諭が今月19日にクラスの子供たちに手渡し、自宅に持って帰らせた学級通信。タイトルは「SHORT HOPE」と付けられ、A4用紙4枚分の分量がある。

 学校関係者によると、教諭の担当するクラスでは、特定の女児について、十数人が「○○菌」などと呼ぶなどのいじめが起きており、問題になっていた。

 男性教諭は、中心になっているのは3人と指摘し、学級通信では「たった3名でクラスが崩壊させられることもある」と“危機感”を表明。今月15日には授業で事実確認を行い、いじめをやめるよう指導したことを紹介した。

 しかし、授業から3日後の掃除の時間、このうち1人が女児が持とうとしたモップについて「このモップ持つと菌がつく」とはやしたてたとして、学級通信で「言葉は悪いがバカなんじゃないかと思う。或(あるい)は相当な心の病を抱えているとしか言いようがない」などと非難した。

 箕面市教委によると、学校外への配布物については、校長が内容を確認してから配布するよう指導しているが、校長は今回の学級通信の内容について配布前には把握していなかった。

 学校によると、男性教諭は「(いじめが)自分としては大変なことだから指導したいと思って書いたが、配布してから、まずい文章だと思った」と反省しているという。男性教諭は現在も担任を続けている。

 学校は28日に、このクラスの保護者を対象に説明会を開き、校長と担任が謝罪する予定。




 こんなことを書けば当然問題になると誰でも分かることが分からない教師がいる。これは教師が世間知らずだというレベルの問題ではない。記事の教諭、小学校2年生の担任でありながら学級通信の題名に「SHORT HOPE」とつけた段階でアウトだ(何か特別の思いがあってのことかもしれないが、小2の学級通信が英語でいいはずはない)。

 こうしたものの分からなさは今に始まったことではないだろう。まさに、
相当な心の病を抱えているとしか言いようがない。これはもう担任個人の責任とか校長の責任とかではなく、二十数年さかのぼって当時の教員採用の責任者をあぶり出し、その人に責任をとってもらうべき問題だろう。もしくはこのような個々の教員の不備を補うための十分な人員配置をして危険回避をするしかない。
 ところが記事はこんなふざけた教師がいると知らせるだけで、それ以上の問題意識は微塵も感じられない。そうなるとまさにその点で、私にはこれが大新聞の記事になる理由が理解できないのだ。
 
 26日の産経新聞の注目記事は
・ 岡田氏、小沢氏の意向確認へ 政倫審打診も
・ 薬物更生施設で13人殺害 麻薬密売組織の犯行か 警察無線には135人の殺害予告も メキシコ
・ 補選敗北に仙谷氏「あの選挙区は産経の影響力が強いのか」
・ 「センカクモグラを守る会」設立会見 野口健さんら「世界のメディアに訴える」
・ 中国 次期指導者の政治改革はどこまで
・ 風俗誌、暴力団の資金源か 元社長は組幹部 1億円の収入
・ 連続不審死、数週間前に七輪購入 青梅男性殺害容疑で木嶋被告に逮捕状
といったそうそうたるラインアップである。



『「バカなんじゃないか」小2担任が学級通信で児童を非難』は、私の感覚では尖閣問題と肩を並べるような話題ではない。
しかしこれを国際問題や政治経済問題と同じ紙面で取り上げる産経新聞は、日本の一都市で起こった子どもの心を傷つける問題とアメリカ中間選挙の動向とは同じくらいの重さだと考えているのだろう。

 このような些細な問題を繰り返し取り上げる産経新聞は、いったい世論をどの方向に引っ張っていこうと考えているのだろう。
 細かな問題を積み上げることで学校不信をさらに増大させ、日本の公教育を解体してしまおうという腹積もりなのだろうか、あるいは私学中心の教育体制を築こうとしているのか。さらにあるいは学校の指導に縛られない自由な児童生徒の出現を期しているのか、はたまた記事が売れればそれでいいということなのか。
 産経新聞の見識を問う。
 






2010.10.27

教壇から降りた新人教員、過去最多に…
「なじめなかった」精神疾患など理由


産経新聞 10月27日]


 公立の小中学校や高校などで、1年以内に教壇を去った新人教員が平成21年度、過去最多の317人に上ったことが27日に公表された文部科学省の調査で分かった。精神疾患や教職になじめないなどの理由で依願退職するケースが目立ち、文科省は「新人でもすぐに教壇に立たなければならない。プレッシャーが原因ではないか」と分析している。
 文科省が全国の都道府県教委などに対して調査した結果、新人教員のうち、1年の試用期間中に辞めるなどして、正式採用されなかったのは317人。前年度を2人上回り、過去最多を更新。6年前に比べると3倍近くになった。
 依願退職が302人で大半を占めたが、このうち83人は精神疾患が理由。また、「教員になじめなかった」などの理由も多かった。指導力不足で不採用決定を受けた新人も29人いたほか、犯罪を理由に失職した新人も1人いた。
 一方、新人以外でも教育委員会に、資質不足で指導が不適切と認定された教員は260人に上った。在職20年以上のベテランが60%。特に50代が44%を占め、同省は「年齢が高く自分の指導方法に固執して改めないのが原因」と分析。ただ、認定数は前年度比46人減で5年連続で減った。
 学校のトップや中間管理職のような勤務に耐えられず、校長や副校長、主幹教諭から希望して降格される「希望降任制度」利用者は223人。前年度を44人上回り過去最多を更新した。




 飛行機が空を飛ぶのを見て「飛行機は空気より軽い」という人はいないだろう。
「潜水艦は沈み船は浮かぶからすべての船は潜水艦より重い」という人もいないはずだ。
 しかし新人教員が続々と教壇を降りるのを見て
「新人でもすぐに教壇に立たなければならない。プレッシャーが原因ではないか」
と分析するのは簡単に通る。何んとも不思議なことだ。

繰り返しになるが、
新人教員のうち、1年の試用期間中に辞めるなどして、正式採用されなかったのは317人。前年度を2人上回り、過去最多を更新。6年前に比べると3倍近くになった。
のだ。
「新人でもすぐに教壇に立たなければならない。プレッシャーが原因」ならこの6年間に新人が教壇に立たされるケースが3倍近くになっていなければならない。それが科学というものだ。しかし誰でも知っている通り、100年以上前から、日本では大半の新任教師が4月の初めから教壇に立たされているのだ。

 そんな自明のことが分からない文科省もアホならそれを平気で記事にする産経新聞記者も度し難い。
 問いかけるならこの6年間に何が進行したかということだ。何が3倍になったのかということである。
 
 ヒントは記事の後半にある。
 
 学校のトップや中間管理職のような勤務に耐えられず、校長や副校長、主幹教諭から希望して降格される「希望降任制度」利用者は223人。前年度を44人上回り過去最多を更新した。
 
 状況はいたって単純なのだ。
 

 *ちなみに、
 在職20年以上のベテランが60%。特に50代が44%を占め、同省は「年齢が高く自分の指導方法に固執して改めないのが原因」と分析。
 も、アホだ。
 何といっても現職教員は各世代同数いるわけではない。50代が圧倒的に多く、続いて40代。30代となるとグンと少なくなる。つまりどんな統計をとっても50代は必ず多くなるのだ。ただしもちろん、ベテランでも指導力不足教員に追い込まれるという状況は異常であるのは違いない。







2010.10.28

「君は××」教諭2人、生徒の言動5段階格付け

読売新聞 10月28日]


 広島県福山市内の市立中学校で、2年生のクラスの担任ら教諭2人が生徒の言動を「◎」から「××」まで5段階で評価し、生徒を「君は、××だ」と呼ぶなどしていたことがわかった。ショックを受けた生徒の保護者から「子どもが登校を嫌がっている」などと抗議を受け、学校は「生徒に動揺を与え、不適切な指導だった」と謝罪した。
 市教委などによると、2年担任の50歳代の女性教諭と、副担任の40歳代の男性教諭で、9月初めから「◎人としてすばらしく、価値あること」「○できればやった方が良いこと」「△あたり前のこと」「×できればやらない方がよいこと」「××人として絶対にやってはいけないこと」と、評価基準を書いた紙を教室に張り出した。
 下校前のホームルームの時間に、その日の行動について、5段階の自己評価を発表させたり、教諭2人側から評価を知らせたりしていた。女性教諭は生徒の反省が足りないとして「動物以下だ」と言ったこともあったという。
 基準を書いた紙を見た保護者が9月下旬に抗議。学校は今月1、18日に説明会を開き、校長らが謝罪した。


この記事を理解できる人がどれくらいいるだろうか・・・と書きながら、もしかしたら驚くほどたくさんの人々が理解できているのかも知れないと恐れたりもする。ここまで分からないとなると、私自身、疑心暗鬼にならざるをえない。

 道徳教育の一環として(たぶんそうだ)、一日の終わりに自己評価を行う。その際、生徒相互の評価の基準が違ってはいけないから価値基準を示す。その上で教師がコメントする。

「◎人としてすばらしく、価値あること」「○できればやった方が良いこと」「△ あたり前のこと」「×できればやらない方がよいこと」「××人として絶対にやってはいけないこと」

 この分類は実にユニークでしかも妥当だ。特に「あたり前のこと」は△というのがいい。「できればやらない方がよいこと」と「人として絶対にやってはいけないこと」という分類もまさに絶妙といえる。

 
一日の自分を振り返って特徴的ないくつかの行動を拾い上げ、自己評価を行う。そうやって自己の行為の意味づけをする

 これは道徳教育の基本中の基本である。それのどこがいけないのか。

 強いて問題点を探れば、
 
生徒を「君は、××だ」と呼ぶなどしていた
 「動物以下だ」と言ったこともあった

 の2点だが、
 前者については取りあえず日本語としてわからない。

 
「君は××だ」と“呼ぶ”
 どういう状況なのだろう。想像してみればいい。担任が「お〜い、君は××だあ」、である。
 
 後者については確かに悪いといえば悪いが、
「言ったこともあった」程度でいちいち突き上げを食らっていたら仕事ができない。

 私たちがつき合っている相手は聖人君子ではなく生身の生きている人間なのだ。「君は、××だ」と呼ばれただけで学校が嫌になってしまうような弱っちい人間なのだ。
 本気でコイツらを何とかしよう、立派な人間に育てようとすれば時には口も滑る。しかしその一部分をあげつらい、前後の脈絡や指導の全体を無視して、
 「生徒に動揺を与え、不適切な指導だった」
 
学校は今月1、18日に説明会を開き、校長らが謝罪した。

 となるともう私たちはやっていられない。子どもに“動揺を与えてはいけない”なんて、そんなものは教育ではない。

 私たちはこうした記事を読みながら、空から降ってくる天使(あるいは悪魔)の声を聞く。
 とにかく保護者は怖いから何も言うな、何もするな、どうせ他人の子ではないか、マジに怒るな、本気で良くしようなどと考えるな、親の方がウチの子は「君は、××だ」と呼ばれただけで学校が嫌になってしまうような弱っちい人間でかまわないと言ってるんだ、我慢できないことじゃないだろう、少しは自分のことも考えろ


*しかし本当のことをいうと、ここまで不可思議な内容、もしかしたら記事がとんでもなく説明不足で、保護者が怒り学校が謝罪すべき当然の事実があるのかもしれないとも思う。ほんとうに分からない記事だ。







2010.10.30

え?文科省調査「指導力不足の教員5年連続減」

読売新聞 10月28日]


 「指導力不足」と各教育委員会から認定された公立小中高校などの教員が、2009年度は前年度比46人減の260人となったことが27日、文部科学省の調査でわかった。

 04年度の566人をピークに5年連続の減。同省は「認定者に対する研修制度が定着したため」としているが、専門家からは「学校現場の実感からはほど遠い数字だ」と疑問の声が上がっている。

 同省によると、260人の7割超(197人)が男性で、40歳以上が8割(208人)を占めるなど、例年と同様の傾向となった。認定者のうち181人は研修を受け、73人が現場復帰。5年連続の認定者の減少について、同省は「認定されるべき教員が研修を受け終わった」と説明している。


最近判明した教員による主なトラブル
愛知県 今年5月、小学校の男性教諭が、算数の授業で子どもが被害者になる殺人を題材に出題
岡山県 9月、県立高校の男性教諭が夏休みの宿題未提出の生徒に「殺すぞ」と暴言
大阪府 9月、府立高校の女性教諭が「クッキー」と言って渡したゴキブリ駆除用団子を、受け取った女子生徒が食べる
東京都 10月19日、小学校の女性教諭が算数の授業中、自殺や殺人にからむクイズを出題
愛知県 10月19日、県立高校の男性教諭が中間試験で、同校教諭を選択肢に「校長を殺した犯人」を答えさせる出題
埼玉県 10月26日、小学校の男性教諭が、児童に罰と称してキスするなどの行為を繰り返していたことが判明。「セクハラサイコロ」と名付けた自製サイコロで罰を決めていた。



これほどたくさんの問題があるのに
「指導力不足」と各教育委員会から認定された公立小中高校などの教員が、2009年度は前年度比46人減の260人となったことが
(中略)
「学校現場の実感からはほど遠い数字だ」と疑問の声が上がっている。
という趣旨の記事だ。

 最後の事例は明らかにセクシャル・ハラスメントだし、ゴキブリ団子の話は過失致傷のようなものだから
これが指導力不足の問題かという思いもあるが、天下の読売新聞が言うのだから一応首肯しておこう。その上で、この6名全員を指導力不足教員と認定することによって発生する経費について考えてみる。
 
 指導力不足だからこの6人は再教育のテーブルに乗せなければならない。
 本当は懲戒免職にしてしまえば安上がりなのだが、表の内容を見る限り、どんなに過酷な裁定をしようともそこまで追い込めるのは最後の1例だけである。教員の懲戒免職は職と退職金と年金の一部を失うだけではなく教員免許も剥奪してしまう重大な処分だから「誰が校長を殺しましたか」くらいで大ナタを振るうわけにはいかない。したがってどうしても再教育ということになるのだが、その費用はハンパではない。

 1年の再教育のための用意される講座の運営費(講師の謝礼、教材費、アレンジメントの費用等)はさほどではない。問題は
5人を教壇から外すために、新たに入れる講師の賃金だ。
 
一般常識に従ってもひとり300万円以下というわけにはいかない。田舎でも400万円、都会だと600万円。平均をとってひとり500万円とすると6人で3000万円、これが6人の再教育にかかる基礎的な費用である。

 全国ではどうなるか。
 
「小学校の女性教諭が算数の授業中、自殺や殺人にからむクイズを出題」
 年間200日、1千時間を超える事前授業時間を考えるとこの程度のミスを犯す可能性のある教員は20人に一人くらいはいそうだから、全国97万人の幼・小・中・高の教員の20分の1、ざっと
4万9千人が再教育を受ける。その費用は2400億円あまりだ(1年契約の講師を4万9千人も用意できるかどうかは別問題であるが)。
 

 指導力不足教員はこんなもんじゃあないはずだ、正確な数字を出せ、失言教師も皆、指導力不足の中に含めろということは、地方自治体に2400億円出せというのと同じことである。読売新聞はもちろんそんなことは百も承知だ。しかし言わずにはいられない。
 
 マスコミは常に弱者の側に立って(それ自体は悪くない)あれもやれこれもやれと政府を追及する。
しかしそろそろ提案する以上は財源を示して行う時期が来ていると思う
 さてその2400億円、どこから持ってくるのか。

*指導力不足教員再教育のための予算2400億円が確保されれば全国の自治体から予算消化のために4万9千人の「指導力不足教員」は吐き出されるに違いない。予算が半額の1200億円なら半数の2万4500人が吐き出される。教師の指導力と言うのは一種のスペクトラムで明確な線を引くことはできない。線は予算によって引かれる。
 引用した記事の「指導力不足」と各教育委員会から認定された公立小中高校などの教員が、2009年度は前年度比46人減の260人というのはそういう意味である