大阪市生野区の市立中学校で引き継がれてきた校内人事の規定。教務主任らを教員選挙で選出することなどが定められ、平成24年に一部改正された。こうした校内人事を明るみに出したのは公募校長だったが、別の“問題”で保護者らから「辞めろコール」を浴びているという
大阪市生野区の市立中学校で引き継がれてきた校内人事の規定。教務主任らを教員選挙で選出することなどが定められ、平成24年に一部改正された。こうした校内人事を明るみに出したのは公募校長だったが、別の“問題”で保護者らから「辞めろコール」を浴びているという
「何で校長にしがみついているの」「辞めてください」。“立役者”の校長を待っていたのは保護者のつるし上げだった。各地の公立学校で教務主任などの校内人事を教員選挙や教員らの会議で決めるとする不適切な規定が存在していた問題で、最初に実態を世に知らしめた大阪市の公募校長がピンチに陥っている。もともと市教委は保護者との関係悪化などを理由に校長更迭を検討していたが、校内人事の規定を問題提起した実績も考慮して続投を決定。これに反発した保護者が退職を強く求める事態になっている。校内人事問題が思わぬ余波を引き起こしている。
教頭が土下座、生徒を川に落とす…保護者らと摩擦絶えず
「当該校長についてはPTAや教職員との人間関係の課題もあるが、人事規定について改善を図ろうとしたこと自体も教職員との関係悪化の一因」
5月14日に開かれた市議会本会議で、市教委の大森不二雄教育委員長は生野区の市立中学校の公募校長をとりまく状況を説明した。
さらに、「校務運営の改革に取り組むためには(校長続投が)必要と判断した」と続けたが、議場ではこの校長や校長公募自体に批判的な議員からとみられるヤジが飛んだ。
校長は昨年4月の着任以降、教員や保護者との軋轢(あつれき)が絶えなかった。市教委関係者によると、昨年夏に校長と口論をしていた当時の教頭が土下座して謝罪。また校長は修学旅行の川下り中、ふざけて生徒を川に落としたこともあったとされている。
市教委事務局は今年3月、校長を更迭する人事案を策定したが、教育委員が反対に回って続投を決定。その理由の1つは、校長が校内人事規定の問題を明るみに出したことだった。
「公募校長の大金星」橋下市長は絶賛
「この規定は職員全体の理解と協力の上に立って、民主的な校内人事が行われることを目的とする」。生野区の中学校に脈々と引き継がれてきた「校内人事に関する規定」の冒頭ではこううたわれている。
毎年11月下旬に全教職員の中から2人の選挙管理委員を選び、「選挙に関するいっさいの事務」を行う選挙管理委員会を発足。12月中旬から翌年の3月にかけて選挙で生徒指導主事▽教務主任▽進路指導主事▽保健主事▽学年主任−らを選出し、選ばれた教員を「学校長が任命する」と定めていた。
「ずっとこのやり方でやってきた」「独断で決めず、きちんと話し合うべきだ」。昨年11月、本来であれば選管を立ち上げる時期に公募校長が規定の廃止を提案したところ、教員たちはこう反発した。
校長が市教委に相談したことで規定の存在が表面化。市教委のその後の調査で市立学校101校に校内人事規定があることが判明し、全国各地でも同様の規定の存在が次々と明らかになった。それまで沈黙を貫き、規定を引き継いできた各学校の歴代校長には「みんなで決めた方が学校運営がスムーズになる」(大阪市立学校の元校長)という思惑もあった。
「いったい今までの校長は何をやっていたのか。公募校長の大金星ですよ」。公募制度を導入した橋下徹市長は絶賛する。
大阪市の校長公募をめぐっては、他の校長のセクハラや早期退職などのトラブルが続き、市議会側から公募制度の継続に反対の声が上がっていた。それだけに橋下市長もこの機会を逃さず、市議会を牽制(けんせい)した。
「校内人事(の問題)を見つけた公募校長に『ありがとう。これからもお願い』というのが議会の本来の姿だ」。しかし、納得しないのは校内人事とは関係なく、校長の更迭を求めていた保護者たちだった。
「問題行動」を列挙、イエスかノーか認否迫る
「子供たちにとって良い学校にするには校長がいなければいい。いなくなれば、普通の学校になる」
「何で(校長職に)しがみついているの」
4月中旬に開かれた同校の会合で、続投への理解を求める校長が保護者たちにつるし上げられた。
学校関係者によると、現場で配布されたペーパーには保護者側が主張している校長の「問題行動」が10以上、列挙されていた。その場で保護者側は項目ごとに認否を尋ね、行動の背景説明や釈明をしようとする校長に「イエスかノーか」などと迫ったとされる。
市教委では4月から補佐役として副校長を配置しているが、保護者の反発は収まらない。橋下市長や教育委員との意見交換を求める陳情を市議会に提出し、5月15日の市議会委員会で大阪維新の会以外の賛成で採択された。
橋下市長は採択後、記者団に「僕が市民一人一人に説明するのは無理。議会の決議には従わない」と強調したが、収まらぬ混乱状況の中でこう含みを持たせた。
「陳情とは別に政治家として住民とコミュニケーションすることはあり得る」
何とも腑に落ちない記事である。まずタイトルが悪い。
校内人事“告発”した校長は、それでも「辞めろ」と保護者に吊し上げられた
すなわち、すばらしい(校内人事“告発”した)校長なのに保護者に吊し上げられたのである。それはなぜか。当然記事はその方向で書かれるべきである。しかしそれは最後までほとんどわからない。
記述から見ると、
校長は昨年4月の着任以降、教員や保護者との軋轢(あつれき)が絶えなかった。市教委関係者によると、昨年夏に校長と口論をしていた当時の教頭が土下座して謝罪。また校長は修学旅行の川下り中、ふざけて生徒を川に落としたこともあったとされている。
(4月中旬に開かれた同校の会合で)現場で配布されたペーパーには保護者側が主張している校長の「問題行動」が10以上、列挙されていた。
ふざけて生徒を川に落としたこと は誤って済む範囲だろうから取り立ててあげるほどのことはない。当時の教頭が土下座して謝った(さらにその教頭はその後療養休暇に入った)となると尋常ではないが、そもそもどんなトラブルでそうなったのかは一切触れていない。土下座しなければならないほど重大な過誤だったとすれば非は教頭にあるのであって校長にはほとんど問題ははいということもあろう、また逆もありうる。だとしたら問題の内容を明らかにせず土下座だけを問題にするのもフェアではない。
しかし
昨年4月の着任以降、教員や保護者との軋轢(あつれき)が絶えなかった。
という内容に一切触れないのはどういうことか。
校長の「問題行動」が10以上、列挙されていた
、そうした資料があるなら、その一端でも示さなければ、それでも辞めろと吊し上げた保護者の行動が是か非かは判断できないだろう。
保護者が何を感じ何を言ったかはどうでもいい、とにかく英雄校長が吊し上げられるのはイカンというのは独裁者擁護の思想だ。
市教委では4月から補佐役として副校長を配置しているが、保護者の反発は収まらない。
この学校では昨年度後半、にっちもさっちもいかなくなった学校運営を支えるために、すでに退職した前校長がボランティアで補佐にあたっていた。本年度はそれに代わって副校長当てたという。いったいいかほどの予算措置が講じられたのか(副校長の年収はそれほど安くはない)。
いずれにしろ、ひとりの教頭の経歴を犠牲し教職員ともうまくいかない校長を、1千万円近い特別予算を使っても支えなければならない校長の偉大さと、それでもこれを忌避する保護者の訴えについて、もう少し突っ込んだ取材はできなかったものか。
なんともすっきりしない話ではある。
2014.05.26
親のしつけと恩師の教え 元高校校長・一止羊大
[産経新聞 4月25日]
言うまでもないことだが、自国の歴史・文化を踏まえた伝統的価値を伝えつなぐことは、国民教育の基本である。子供に対する親のしつけと学校の先生の教えは、格別重要な役割を担っている。
しかし左傾化した戦後教育の担い手たちは、日本の伝統的価値に基づく教育を「価値観を押しつける」「内心の自由を奪う」などと言って排除してきた。戦前の修身教育への反発も口実の一つにしている。彼らが道徳教育導入時に執拗(しつよう)に抵抗したのも、道徳教育を教科化しようとする昨今の動きに拒絶反応を示しているのも、全く同じ理屈によるものだ。「価値観を押しつけるな」と言いながら自分たちは祖国を貶(おとし)める自虐的価値観を平然と押しつけ、子供たちから日本人としての自信や誇りを奪い続けている。困ったものである。
私事に渉(わた)り恐縮だが、私が受けた親のしつけと恩師の教えに触れながらこの問題を考えてみたい。
私の父母は、40年ほど前に鬼籍に入った。母の言葉は、私の血肉に溶け込んでしまっているようであまり思い浮かぶことはないが、父の言葉は、行動の指針として頻繁に甦(よみがえ)ってくる。
父がよく言っていたことの一つに「人に信頼される徳を備えよ」がある。この遺訓は、30歳を超えた頃から徐々に私の意識に上り始め、年齢を重ねるたびに重くなり、今や片時も念頭から離れない。「人に信頼される徳」を身に付けることは、私には難題中の難題だ。こればかりは自分の意思だけではどうにもならぬ。年齢は重ねてきたが、振り返ってみると徳は少しも身に付いているようには思えないのだ。どうやらこの遺訓は、命果てるまで私の人生指針として生き続けそうである。
「恩師の教え」も私にはとても重いものだ。「恩師」として真っ先に思い浮かぶのは、小学校5年と6年生のときに担任をしていただいた先生のことである。「陰日向(かげひなた)なく誠を尽くしなさい」が先生の口癖だった。子供たちが一生懸命に取り組む姿を見つけては称揚された。授業中だけでなく放課後の掃除や花壇の土掘りなど、どんな場面でも指導は一貫していた。
当時は、学校の便所も汲(く)み取り式だった。排水溝によく汚物が詰まったが、私たちは先生の教えを守り、心を込めて掃除した。素手で汚物を取り除くことも厭(いと)わなかった。卒業後も、先生の教えは年齢とともに一層輝きを増し、私は、事あるごとに先生のお声が耳元で響くのを感じながら生きてきた気がする。
国民教育の師父と仰がれた森信三は、教育の眼目は、相手の魂に火をつけてその全人格を導くことであると説き、教育に携わる者は自分の全信念を傾けて教えなければならないと戒めた。親も学校の先生も自国の伝統的価値を踏まえ、正しいと信じることを子供たちに熱く語って聞かせることが、やはり国民教育の基本中の基本なのだと私は思う。親や先生が示すそのような言葉や態度は、必ずや子供たちの魂に火をつけ、年齢を重ねるほどに輝きを増して、全人格を導き続けるに違いないのだ。
「親のしつけは?」と訊(き)かれて間髪をいれずに答えられる人は、幸せである。「恩師の教えは?」と問われて恩師の面影と教えが鮮やかに甦る人は、なおさら幸せである。「親のしつけ」と「恩師の教え」は、昔も今も人生指針の端緒であり、精華でもあるのだ。
【プロフィル】一止羊大
いちとめ・よしひろ(ペンネーム)大阪府の公立高校長など歴任。著書に『学校の先生が国を滅ぼす』など。
日本人の道徳心は世界最高だと私は思っている。それもおそらく、一定以上の人口を持つ民族としてはダントツの1位ではないか(というのは数百人といった単位の少数民族の中には、あるいは日本人以上の人々もあるかもしれないからだ)。その民度の高さは東日本大震災で世界に発信され、今も繰り返し検証されている。
そしてその道徳性は日本人の伝統であるとともに、繰り返し学校教育が支えてきたものである。もちろん多くの家庭でしっかり教育がなされていることにもよるが、統一的に、組織的に道徳教育を行ってきたのは、わが国の場合、学校をおいて他にない。学校というところは一日中そして一年中、きちんと並ぶことや発言は手を挙げて順番に行うこと、大声で叫ばない事やごみをきちんと始末すること、清掃や衛生や公衆道徳を教えられる場所である。
それが現在、非常にうまくいっている、そうである以上、この国の道徳教育に妙なメスを入れるものではない、それが私の持論だ。
しかしそんなことを言うと必ず「けれど学校にはいじめがあるではないか、生徒同士の暴力事件から対教師暴力だってある。まだまだ問題は山積みのはずだ(だから道徳教育の改革は必要だ)」
といった言い方をされる。しかしそれは違う。
一止羊大氏の上の文を読むと、学校における道徳教育に関する見方は私とはだいぶかけ離れている。しかし部分的には諸手を挙げて賛同できるものでもある。
この遺訓は、30歳を超えた頃から徐々に私の意識に上り始め、年齢を重ねるたびに重くなり、今や片時も念頭から離れない。
卒業後も、先生の教えは年齢とともに一層輝きを増し、私は、事あるごとに先生のお声が耳元で響くのを感じながら生きてきた気がする。
親や先生が示すそのような言葉や態度は、必ずや子供たちの魂に火をつけ、年齢を重ねるほどに輝きを増して、全人格を導き続けるに違いないのだ。
まったくその通りだ。
「親の小言と冷たい酒は、後になるほど効いてくる」
道徳というのはそういうものであって時間が熟成させていく。良い原料(教師や親の言葉)をどれほど優れた樽(児童・生徒)に入れたとしても、時間の洗礼を受けなければ決してうまい酒にはならない。
つまり道徳は今日のいじめ問題を解決できないのである。
いじめや非行を抑えるのは生徒指導であって道徳ではない。それを混同するから触ってはいけない道徳教育にメスが入ってしまうのだ。