2016.03.09
教室前の廊下で「万引ありますね」…2年間も資料修正せず、
別の生徒の万引記録 非常識の数々
[産経新聞 3月 9日]
広島県府中町立中3年の男子生徒(15)=当時=が昨年12月8日、自宅で自殺した問題で、1年生当時の生徒指導の会議で、配布された資料にある生徒の万引記録が誤っていることに気付いていたが、資料の内容を保存しているサーバーでの修正作業をしていなかったことが8日分かった。同校には万引などの行為があった際、校長推薦を認めないルールがあった。生徒と両親、学校側との三者懇談はこの資料に基づいて進められており、ずさんな管理態勢に非難が集まりそうだ。
■「間違った資料」のまま進路指導…保護者との三者懇談の当日、生徒は出席せず自宅で自殺
8日夜に会見した高杉良知教育長と学校長によると、生徒が1年生の時に万引をしたことがあるとの誤った記録を理由に志望校の推薦を出せないとの話を、学校側が三者懇談で両親に伝える予定だった。生徒は三者懇談の当日に亡くなった。万引の記録は自殺後の調査で別の生徒のものと判明した。
会見での説明によると、今回の進路指導では、サーバーに残っていた、誤った内容の資料がそのまま使われていた。
生徒は公立高校を第1志望とし、受験するために校長の推薦が必要な私立高校を第2志望にしていた。
担任教諭は、教室前の廊下で、生徒に対し「万引がありますね」と聞き、「えっ」との反応があった。さらに「3年の時ではなく、1年の時だよ」と確認すると、生徒は間をおいて「あっ、はい」と答えたという。
担任は生徒が否定したと認識せず、12月に入り、推薦できない旨を両親に伝えたかどうか生徒に確認。8日の三者懇談で両親と会ったが、生徒は姿を見せず、同日夕、自宅で自殺しているのを父親が見つけた。
自殺した男子生徒の両親は、代理人弁護士を通じ「ずさんなデータ管理、間違った進路指導がなければ、わが子が命を絶つことは決してなかった」とのコメントを出した。
「最悪、子どもが死ななければなんとかなる」
現役時代、常に私が心の中で呟いていた言葉である。そのくらいの気持ちがなければやっていられない世界でもある。しかし・・・・・・、
今回の広島府中町の事件は子どもが死んでしまった以上、どんな言い訳も通用しない。やれることはたくさんあったし、今となれば危険を察知するだけのセンサーもあちこちに取り付けておくべきだった。
生徒の死はやはり学校と教師の重大なミスであり、責任は問われてしかるべきである。
と、以上を踏まえて、
しかし叩かれる一方の学校にも心を寄せ、多少の説明は加えておく必要がある。当該校は絶対に語らないだろうから、誰かが別に言い残さなければ冷静な分析はできないし、対応策も的を射ることができないからだ。
例えば、進路相談を廊下で5回にわたって行ったということ、これなどもきちんと調べておかなくてはならない。
評論家の中には「なぜ相談室などを使ってじっくり話せなかったのか」といった言い方をする人もいるが、仮にひとり10分間、35人の生徒と面談するとなるとそれだけで6時間にもなってしまう。一人5回行えばその時数はざっと30時間である。教師が自らも一日の大半を授業に費やしていることを考えると、とても生み出せるような時間ではない。
ひとりの生徒に対して5回も面談したというのは通常の感覚からするとむしろ多すぎる時間で、それだけに当該の生徒はむしろ大切にされていた、大切にするだけの要素があったのではないかと勘繰りたくもなる時数である。
「廊下で」というのも、休み時間にちょっと呼び止めて話したという場合もあれば、クラスを自習にして廊下に机と椅子を持ち出して行うといった場合もある。他に面談する時間はないし、自習にしたクラスがおとなしく勉強しているとは限らないからだ。それに生徒の入れ替えを考えると、別室より廊下の方がはるかに迅速だ。
その子が万引きするかどうかなんて、子どもを見ていれば絶対分かるはずじゃないかという意見もあった。しかし中学生はそこまで単純ではない。記録に残っていて本人が「はい」といえば、それ以上は深く追及できない。
一事不再理。同じことで何度も追究したり罰したりしないできないのは学校の生徒指導においても同じである。さらっと流してそれ以上は深追いしない、それも担任の配慮である。
ただし大胆な推理をすると、もしかしたら亡くなった生徒は、一年生の時、ほんとうに万引きをしていたのかもしれない。それも学校が誤解したのとは全く異なる、誰にも知られなかったはずの犯罪の経験である。
担任教諭は、教室前の廊下で、生徒に対し「万引がありますね」と聞き、「えっ」との反応があった。さらに「3年の時ではなく、1年の時だよ」と確認すると、生徒は間をおいて「あっ、はい」と答えたという。
このやり取りから考えられるのはむしろそういうことだ。
しかも一年生の時、彼は誤解された万引き事件では指導されていない。指導された上で間違いだったと訂正された記憶があれば、たちどころに否定したはずだからだ。
まったく気づかれなかったと思っていた過去の犯罪、すっかり後悔して二度とすまいと決意した事件が、今頃になって唐突に持ち出される。しかも推薦不可という重い事実を伴って。
専願推薦が取れなかった私立高校は第二志望の学校であり、第一志望は公立高校だったという。第二志望が取れなくて自殺というのもあまりにも短絡的だ。しかし自殺の理由が推薦を取れなかったことにあるのではなく、過去の犯罪を親に知られるわけにはいかないからだと考えるとむしろ辻褄は合うような気がする。
*私の理解によれば専願推薦は「他の高校は受験しない(合格したら貴校に必ず入学する)」という確約付きの推薦だと思うのだが、その彼の第一志望が公立というのも解せない。報道のどこかに誤りがあるのかもしれない。
いずれにしろ昨年11月に推薦基準「刑法に関わる犯罪歴のないこと」の適用期間を1年から3年に延ばしたことに大きな過ちがあったことには間違いない。
2年生まで好きなことをやり放題やった子が3年生になって急に真面目になって「推薦をくれ」と言ってきても素直になれないし、他の生徒や保護者も納得しない。さらに言えば「3年時の素行」に限定してしまうのは「2年生修了までは何をやってもかまわない」という間違ったメッセージをあたえることになるとでも考えたのだろう。しかしやはり3年は長すぎる。子どもの成長を考えると、1年生の時の素行不良は不問に付してやらなければならない。
また、今回のことについて言えば、2年前の生徒指導記録は高校推薦の資料として使用されることが前提となっていないから、そのぶん精査もあまかったのだろう。いずれにしろ不運な要素もあった。
もちろん生徒を死に追いやったのが学校であり、安易な基準変更、ずさんな情報管理が背景にあったことは間違いなく、責任はひとえに学校が負うべき問題であることには変わりはない。
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