序章
「七年の沈黙」
炎が、風を纏いて荒れ狂う
高らかに舞う踊子へと、幾人かの傍観者が只、じっとかたはらを寄り添うと
賞賛の変わりに沈黙を、熱意よりも静寂を
されど舞子を止める事は為わずて、流れうる血潮を持ち差し伸べたるも捕まらぬ
ああ、風よ。その荒ぶる情熱を持ちてまえ
声無きと化したその人(びと)を、深遠へと誘(いざな)えよ
「ムービィール・フィラー――!!」
虚空の空へ幾筋の光が現れ、裁きの雷が地を走る。
裁かれし罪人は、只一時の粛清を己が魂に刻み付けるだろう。
瞳に浮かぶは、真実から闇へ。心は有から漆黒へ。
魂は現世から来世へと。
はたして、「彼」は幾人の罪人を裁いたか?すでに裁きを受けし者が側にひれ伏し、永久なる休息へと踏み入れる。
されど、彼も又罪人。
命尊む立場を放棄した、踏み外す者。
「R(アール)!」
意識が覚醒する。
深く落ちる心を呼び戻されて、ゆっくりと眼を開けた。
「白金(プラチナ)……か?」
闇色へと変わりかけていた視界を呼び戻した者は、金色(こんじき)の姿をしていた。しかし、その鎧には、彩るかの如く赤き鮮血が着飾られている。
それが自分のだと解るには、数秒の時間を要した。
「わしは、どの位気を失った?」
「5分程です。魔力消費による過労の隙をつかれ、剣撃を受けました」
「そうか………どうりで法衣が血まみれの筈だ……」
滲み出た血が、巻かれたマントを赤く染める。
今、二人が居るのは、崩れ落ちた外壁の影。
白金(プラチナ)と呼ばれた男は、己のマントを引きちぎり、R(アール)と呼んだ男の腕へと巻き付けている。
「R(アール)、ここはもうじき「奴ら」の手に落ちる。手当てが済み次第、後退して下さい」
「ここを脱したら、残るは本城のみとなるぞ?」
「首(しるし)を取られるよりはましです」
布袋から、魔力を癒す霊薬と水を取り出し、R(アール)へと差し出す。
それを受け取り、咽(むせ)ながらも飲み下した。体内で魔力が湧き上がるのが解る。R(アール)は一呼吸付き、回復の印を組んで傷口を塞いだ。
「お主のマント、無駄にしたの」
「寝巻代わりにはなったと思いますよ」
「冗談。わしはまだ眠らんよ」
立ち上がり、火の手が回る風の音を聞く。
「そうじゃ………眠るには、まだ早すぎる」
炎は、もうそこまで来ている。
幾人かの人影が、白亜の廊下を歩いていく。
されど、そこから見えるのは、萌える新緑の木々で無く、生命を糧とした破壊への業火。
炎へと照らされて、剣(つるぎ)・斧(おの)・槍(やり)・矛(ほこ)。考えうる限りの武具が抜き身のままに、白亜にも劣らぬ白き影を追いかけている。
ふいに、白き影が翻る。
それだけだった。
翻る影が、通り過ぎる影の隙間を通り抜ける。
見よ、一度(ひとたび)の間に命(ともし火)が消え行く様を。蒼き二対の瞳に魅入られて、両の剣(つるぎ)と馬上(ラン)槍(ス)が影の魂を刈り取ってゆく。
幸か不か、刈り損ねた魂が剣を振り下ろす。
されど、木の葉の如く空を舞い、抜き出したる馬上(ラン)槍(ス)にて影の頭上を貫く。
心を失い、残されし体は崩れ落ち、白亜の廊下を真紅に染める。さながら、白雪の姫君の唇の如く。
「この先へ往く事は許さぬ」
両刃に残る血を払いのけ、白き影は言った。
「わが王と皇子、今生(こんじょう)の別れを邪魔する者………わが剣の露となれっ!!」
天空よりも蒼き瞳には、許せ無き悲しみと怒りが交差する。
「わが名は円卓の騎士・嵐騎士ガンマガンダム!功を求む者よ、わがしるし(首)を持ちて恩賞とせよ!!」
あーんあーんあーん
あーんあーんあーん
あーんあーんあーんあーん
がらんとした礼拝堂。
巫女や神官が勤める聖なる場所。
けれどそこには誰も無く、
ただ、
幼き赤子の声が、静寂の中に響き渡っていた。
「おお、よしよし、泣くんじゃない」
「あーんあーん」
「ううむ、困った々」
泣きじゃくる赤子をその腕に抱いて、よし、よしとあやそうとする。
「いい子だから、泣き止んでおくれ。でなければ、お仕事に行けぬではないか?」
「うみゅ………うぇぇんっ、えーん」
それでも、幼子は泣き止まない。かまってくれと、行かないでくれと泣き喚く。
天蓋に張られたステンドグラス。
古人が語りかける。「もうおよしよ」と
「キングガンダム様」
暗闇(くらやみ)の中から浮かぶシルエット。重厚な鎧を着た騎士が、そっと傍らに膝をつく。
「キングガンダム様、もう……そろそろ」
うつむいたまま顔はあげない。
ぽたり、と雫が落ちた。
「そうか……そうだな」
あやす手を止めて、彼は呟いた。
「皇(クラウン)や、父さまはちとお仕事に行って来るからの」
えぐっえぐっと泣き止みかけた我が子(皇)の頭を撫でてやる。
「それまで、F90(フォーミュラ)と一緒にいておくれ」
にっこりと、キングガンダムは微笑んだ。それは王ではなく、騎士でもなく、ただ一人の赤子の父親であった。
「キングガンダム様………」
「F90(フォーミュラ)、皇(クラウン)を頼むぞ」
キングガンダムは皇(クラウン)をF90へと差し伸べる。立ち上がり、F90は皇子を抱きとめた。
「はい………必ずや」
その瞳には、涙が零れ落ちようとしている。
皇(クラウン)は父を見上げた。黄色い瞳が、じっとキングガンダムを見る。無邪気で、まだ物心が無いけど、優しい目だった
「お仕事がおわったら、迎えにいくからの」
泣き止んだ皇(クラウン)の頬へ、そっと接吻する。
「きゃあ、きゃあきゃ♪」
はじめて、皇(クラウン)は笑った。
―――――――お父さん――――――――
そう、キングガンダムには聞こえたような気がした。
「F90(フォーミュラ)…頼んだぞ」
あふれ出る涙を押さえつけてF90は頷いた。
そして、皇子をその腕に抱え、F90は礼拝堂の外へと駆け出した。
「わが子や………」
後姿を見送りながら、キングガンダムは剣(つるぎ)を抜いた。
炎が舞う全てを飲み込めと
風が荒れ狂う全てを奪い尽くせと
「見るのです、皇子。貴方のお父上の最後の姿を………」
城が見渡せる、小高い丘の上。
今、遠くには一つの城が、戦乱の炎へと消えようとしている。
炎上していく城の名はブリティス。そして、神々の使いと称される国王と、その仲間達の命………
皇(クラウン)を連れたF90(フォーミュラ)は、燃え落ちる城を見つめている。もはや、彼に涙を封じる術は無かった。
溢れ出る涙は頬を伝う。
それは、祖国を守れなかったから
友を守れなかったから
命をかけて守ると誓った者(人)を、守れなかったから。
「けれど………いつの日か必ずお戻りください。そして、お父上との約束をお守りください」
燃え上がる城を、皇(クラウン)は見つめていた。幼子の瞳に写る故郷は、はたしてどのように写ったのか?
悲しみを振り切るようにしてF90(フォーミュラ)は、人知れず森の中へと姿を消した。
託された小さき希望と、一振りの剣(つるぎ)と共に……………
「………や、おい………………、起きないか?」
誰かが呼ぶ。自分の「名」を
「ん………アントニオおじさん、おはよう」
「おはようじゃ無いわい、もう朝じゃ!」
ぽかっ
「うぅ、痛いよぉ(涙)」
「ほれ、早く水を汲んで来い」
「はーい」
寝ぼけ眼の瞳を擦りながら、少年はベッドから飛び起きた。
身なりを整え、衣服(軽装着)を纏う。
「いってきまーす」
水桶を片手に、少年は井戸へと駆けて行く。
「うーん、今日もいい天気だ♪」
釣瓶(つるべ)を手繰(たぐ)り、水を汲む。二・三往復した処で、少年は村を一望できる野原へ赴き寝転んだ。
幼い頃からの、彼のお気に入りの場所。ぽかぽかしたお日様の光と、そよ風に揺れる草の香り。囀る小鳥の声が大好きで、雨の日以外はいつもここへ来ている。
平和そのものの、穏やかな空間。
ふいに、少年は手をかざした。
かざした隙間から太陽の光が零れ落ち、より一層に輝く。
「…………………」
――――――あれは、一体何だったんだろう?
指の隙間からもれる太陽の輝き。しかし、少年の脳裏には別の光景が浮かび上がった。
燃え上がる懐かしき「何か」失った「何か」そして、愛しい「何か」
「夢を、見てた……………」
呟くように言う。
「覚えていない。起きたら忘れてしまったけど…………」
手のひらを見つめたまま、少年は夢へと思いをはせる。
「……………」
唇が動こうとする。けれど、何を言えばいいのか解らなかった。
たしかに、何かを言おうとしているのに。
「あっ、いけない。おじさんに怒られちゃう!」
ガバッと跳ね起きて、水桶片手に少年は丘を駆け下りる。
夢の答えを、導きだせないままに
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