装甲機士伝 シンフォニック・ファイア―SDガンダムリストリー
第1話 「契約」の扉が開く―バスター・ソード発動

―諸行無常。これが人の世の摂理である。 歴史は安寧を愛さない。破壊と創造、太平と争乱。主の渇きを埋めるかのように、時代は流転していく。 終わらないワルツのように。 その大いなる掟は、我々の世界から離れたここ、『リガイア・ワールド』でも変わらない。 今まさに、リガイアを訪れんとするものよ……幸多からんことを。 装甲機士伝 シンフォニック・ファイア―SDガンダムリストリー 第1話 「契約」の扉が開く―バスター・ソード発動 流れていく春の風を、森の若葉たちは手を振って見送る。そのたびに、サラサラとさわやかな歌声。 風はその歌声を一身に浴びて、はるかかなたへと運んでいく― 長き冬の時代が終り、リガイア・ワールド西方に位置するこの国「ガムスタン共和国」にも 春が訪れていた。 暖かな太陽の恵みをいっぱいに受ける、ここ「ドストニア領」の森でも。 小鳥のさえずり、リスたち小動物の奏でるささやかな歓喜の歌がそこここから流れていて、 道行く旅人の耳に心地よい。 生命の奏でる、優雅なハーモニー…… ―ぐるっきゅ、グルグルぐるゥゥゥ…… これも『生命の音』の一種ではあるが、先ほどまでのハーモニーをぶち壊すには 十分すぎるほどの破壊力を有していた。 「メシ……腹減った……よぉ……」 『仮面』の下から、まだ幼さの残った若者の声がもれる。 彼の『腹減った』コールも、これで通算13回。我ながら良く飽きないものだ。 飢えたグールのように、肩をガックリ落としてぼて、ぼてと道を行く。 命の輝きに満ちた森の中にあって、彼の存在は物凄く浮いていた。どんな画家でも、 今のこの森の風景を描きたいとは微塵も思わないだろう。 それはさておき、この青年の姿について語らねばならない。彼の姿は、私たち常人の想像をはるかに ・・・・・・とはいえないまでも、それなりに越えたものだから。 お世辞にも高いとはいえない身長。プロポーションは、マンガから抜け出してきたかのような2頭身。 そんな青年の体を包んでいるのは、全身の白い板金鎧。指先までも形状記憶合金のような金属の手袋に覆われており、 まったく素肌が露出していない。 顔面もそれは同様で、白い兜に鉄の仮面。まったく素顔が窺えない。 ・・・・・・と言っておいてなんだが、それが彼の『素顔』である。 板金鎧に見える全身の装甲も、彼の素肌。 リガイアには、我々同様の人類『ヒューマノン』のほかにもう2つの種族が存在する。 そのひとつが、彼のような半機械の生命体『モビルマノン』である。 と、モビルマノンの青年は、危なっかしい足取りで歩み始める。 空腹が限界に達し、遂に足がもつれ出したのだ。 このまま森の中で飢え死にしたら、と考えると絶望的だ。 (新米『騎士ガンダム』、空腹という悪魔の前に倒る……笑いものだよなぁ) それ以前に、こんなうっそうとした森の中で、果たして自分のなきがらが発見されるだろうか、 と考えるべきなのだが。 そんな余裕は彼に無かった。 視界がぼんやりとかすみ、ぐらっと揺れる。 彼はいよいよ力尽き、路傍へと倒れこみかけた。 (アルス……短い騎士人生だったなぁ。ってまだ3日しか経ってねーよヲイ) 「はわっ!」 と、彼の意識を、透き通るような声が巡った。 空耳ではない。というのも、彼の瞳におぼろげに映ったのは、路傍の茶色ではなかった。 清潔感のある、ふんわりとした真っ白な波だったからだ。 「むむぅ……」 瞳に差し込む柔らかな光に、彼―新米騎士のアルス―はゆっくりと瞳をあけた。 彼を守るように、大きく腕を伸ばし、青い若葉を蓄えた逞しい木の枝が、彼の視界を覆っていた。 その葉の間からの木漏れ日が、次第に彼を目覚めさせていく。 「あれ……えっと、俺……」 状況を把握する前に、アルスは自分の後頭部にやわらかな感覚があるのに気付いた。 気を失う前の、あの白い波が記憶に蘇る。 「よかった、目がさめたんですね」 と、彼の目の前に、ひょい、とヒューマノンの女の顔がのぞく。 その声にも聞覚えがある。 「あっ!」 そこでアルスは、ゆっくりと身を起こした。 自分はどうやらこの人に介抱され、ここまで運んでもらったらしいということは明らかだ。 アルスはもういちど、その少女に顔を向けた。 「あの、ありがとうございました」 「え……フフッ」 一瞬ぽわんとした表情を浮かべたものの、彼女はすこしおかしそうに含み笑いを漏らす。 アルスは困り果てて、 「あのぅ……」 「ごめんなさい、思ったよりもその、騎士様がお若かったから」 「うぅ……」 確かに、アルスはこの春に着任したばかりの新米だ。 おまけに目がさめたばかりで、声にしまりがない。 見た目に反して、アルスは少しソプラノがかった繊細な声色なのだ。 彼自身、はやく完全に声変わりしてほしいとうんざりしている。 一時期は『カスタム』してもらおうかと考えたほどだ。 「こういう声だから、仕方ないかぁ」 「でも、私はいいと思いますよ?きれいな声」 少女は、自分と同い年くらいだろう。青いブラウスの上に、膝までかかったまっさらなエプロン。 いわゆる給仕、メイド服姿である。ホワイトプリムと呼ばれる、いわゆる白いフリルのついた髪留めを 留めた水色の髪が、肩までまっすぐ伸びている。 「もう少し、横になってたほうが……」 彼女は彼を案じるように、自分の膝上に手を置いてそう尋ねた。 「あ、それは……ダイジョブです」 ちょっと照れくさそうに、アルスは申し出を丁重に断った。 「そういえばさ、名前、まだだったよね」 「あら……」 彼に言われて、メイドも思い出したように声を漏らす。それからひとしきり、2人は愉快そうに笑った。 「ハハッ、僕はアルス。一応『騎士ガンダム』さ」 「私、フィンフィ。この近くのお屋敷に仕えてるんですよ」 「へぇ……」 −ぐるるるるん、ぐるきゅぅ そこで、2人の会話をまたも『あの』音がさえぎる。  すっかり忘れていたが、アルスは丸1日なにも口にしていないのだ。   いま2人がいるのは、森を抜けたところにある丘の上だ。 その上空を、奇妙な鳥がかすめていった。真っ黒な羽。カラスだ。 この森、この時間帯には不自然極まりない。カラスの瞳は不気味な輝きを持って、 語らう2人の姿を捉えていた。 −カシュ、カシュ その機械音は、カラスの瞳の奥から静かに響いてくる。 そしてその視界の映像を、薄暗い部屋の中、モニター越しに眺めている男がいる。 要するにカラス姿のメカ、偵察ドローン、といえばいいだろう。 「ほぅ、騎士ガンダムですか……噂を聞きつけてやってきたようですね、好都合だ」 アルスと同じガンダム族−共通して人間とよく似た2つの瞳、スリットの入ったマスクを持つ−の男は、 満足そうにつぶやいた。ボタンひとつを操作すると、今度は画面がフィンフィのものに切り替わる。 彼の瞳に、邪悪な輝きがともった。 「うまくやるのですよ、フィンフィ。『君の宝物』のためにね」 彼は椅子を反転させる。 その先には、大きな円柱状の水槽があった。その中にあるものは・・・・・・ むしゃむしゃ。 ぱくぱく。 がつがつ。 『音速』とでもいうべきスピードで、ランチボックスはみるみる空っぽになっていく。 「あの・・・・・・騎士様、いかがですか?」 「ほぉ、はいほぅへふよ!(もう、最高ですよ!)」 「よかったぁ」 理解不能なモガモガ言葉を解釈し、フィンフィはほわんとした笑顔を見せた。 「ぷはぁ、ご馳走様ぁ」 「フフッ」 久々の食事ということもありはしたが、フィンフィの手料理は絶品だった。 こんな料理は1日3食、365日食っても飽きないだろうと思った。 「そういえば、騎士様はどうしてドストニアに?」 「うん、実はね」 フィンフィの突然の問いに、彼は少し表情を固くした。 「着任早々、『エルフィーノン』の誘拐事件を任されて。以前から調査が進められてたんだけど ・・・・・・このあたりに流通ルートがあるらしくて」 エルフィーノンというのは、半霊・半物の種族、いわば『精霊』とでもいうべき存在だ。 魔力をコントロールし魔法を使える、数少ない種族でもある。 その絶対数はヒューマノンやモビルマノンと比べるとはるかに少なく、そのため希少種族として 珍しがられている者たちも多い。だからこのような事件だって起こる。 「大仕事ですねぇ」 「でも、許せないよな」 アルスはすこし語気を強めた。 「おなじ『ヒト』を、物のように扱って売り飛ばすなんてさ。思い上がりだよ。 大事な家族をさらわれて、エルフィーノンの人たちだってきっと悲しんでるさ」 「騎士様・・・・・・お優しいんですね」 あまりにも直情的なアルスの言葉に、フィンフィも素直に答える。 「え、それは・・・・・・」 すこし照れくさそうに、アルスはうつむいた。すこしストレートすぎたかな、と反省してみたりする。 「そうだわ!」 フィンフィの声が弾んでいた。 「領主様のところへいらしてみてはいかがですか?なにか手がかりがつかめるかもしれませんよ?」 「領主様?ドストニアの『サラマンデス侯』?」 「ハイ。私が取り次いで、お願いしてみます」 その言葉で、アルスはやっと合点がいった。 「そっか、フィンフィさん、領主様のお屋敷の」 「はい、たったひとりのメイドですけど」 「え・・・・・・」 −たったひとり→専用メイド?  その先を、青二才のアルスには想像する勇気がなかった。   屋敷は、森の中に静かに存在していた。 サラマンデスはガンダム族。優秀な経歴を持った騎士だったということはアルスにも承知である。 でなければ、領主などを任されるはずもない。 侯は忠実に仕事をこなし、ドストニアの領民も穏やかな暮らしを保つことができている。 しかし侯自体は、あまり人と接することを好まない性格らしい。 人の気配のない、この静謐な森を住処に選んだことからもそれはうかがえた。 (戦争後遺症かなぁ) そんな憶測をめぐらしてみたりするアルスであったが、不遜なことこのうえない。 フィンフィに案内され、質素だがノーブルな感じの漂う応接間に入る。 「少し待っててくださいね♪」 そう彼女が出て行ってから5分後、ガンダム族の男が部屋を訪れた。 気品のあるいでたちだが、瞳の奥の鋭さは過去の英雄を思わせる。 サラマンデスその人である。 「お忙しいところ、無理を言ってすみません」 アルスはせきをひとつして、「騎士」の声で儀礼的に切り出す。 「いえいえ、騎士様に比べたらそれほどでもありますまい。 こんな森の中、誰も訪れはしないでしょうし」 自らを嘲るかのように、サラマンデス侯は穏やかに笑う。 その笑顔の裏にある別の感情を、アルスはまだ知る由もなかった。   薄暗い部屋の中。あの水槽が、ぼんやりと緑の光を発しているのみだ。 耳をすますと、密かな女性の息遣いが聞こえてくる。フィンフィだ。 「シエロ・・・・・・待っててね」 彼女のほっそりとした指が、いとおしむ様にガラスに触れる。 「もう少しで、もう少しで自由になるから、ね?」 彼女はほほを寄せ、ガラスの冷たさを感じた。 厚い壁面の向こう、溶液の中にいるもの。 それは、年端もいかない少年の、体中をケーブルでつながれた哀れな姿だった。   会見が終わったころには日が沈み、周囲の森を暗い夜のベールが覆っていた。 夜空には、真っ赤な新月が浮かんでいる。 不気味なことこの上ないが、部屋の中にいるアルスには知る由もない。 「こんな時間まで、申し訳ありません」 「いえいえ、お力になれず、本当に申し訳ない」 結局、有力な情報はつかめなかった。『ガムスタン騎士警察』が3年以上もルートを探っている相手だ。 こんな新米に尻尾がつかめるはずもない。 落胆したアルスをなだめすかすかのように、侯爵は 「しかし、あなたのような情熱的な騎士様に会うのは久しぶりです。 まだお若いのにたいしたものだ・・・・・・ガムスタンの未来も安泰でしょうな」 「まだまだいたりませんが、精進します」 かつての大先輩にそう声をかけられ、いくぶん自尊心が慰められるアルスだった。 「今日はもう遅い。どうでしょう。急ぎでなかったら、一晩こちらで宿を用意いたしましょうか? なにぶん夜の森というのは化け物ですからね」 この上厄介になっては申し訳ない、とアルスは断ろうとしたが、 自分の体がひどく疲れきっているのに気がついた。 長旅の上、それが徒労に終わったのだから無理もない。 「それでは、お言葉に甘えさせていただきます」と、ぺこりと頭を下げた。 「フィンフィにはもうお会いになっていますね。なにかございましたら、彼女になんなりと」 そう言い残し、サラマンデスは部屋を出て行った。 ひさびさに『大人の会話』をしたアルスは、ほぅとため息をついて退出した。 「とはいえついてるなぁ。久々にふかふかベッドで眠れるよぉ!」 荷物を椅子の上に適当に載せ、アルスは真っ白なシーツの上に「ばふっ」と倒れこんだ。 さっきまでの緊張の反動か、否応なくはしゃいでしまう。 「フフッ、騎士様ったら、ほんとに子供みたいですね」 そう笑いながら紅茶を入れてくれるフィンフィの声に、悪意などはみじんもない。 「ヘヘヘ。なんでだろうね、フィンフィさんの前では安心できるんだよなぁ」 「私も。なんだか他人のような気がしないんですよ?」 すこし弾んだ声で、フィンフィは笑いかけた。 「騎士様、私の弟にそっくりなんです。元気で、奔放で、照れ屋で・・・・・・」 少し顔を赤らめさせて、そしてどこか憂いを秘めた横顔で、彼女は笑った。 「フィンフィさん、弟思いなんだ」 「たった一人の家族ですから」 「家族、かぁ・・・・・・」 ベッドの上に寝転んで、天井を仰ぎながらアルスはつぶやいた。 「騎士様には、ご兄弟はいらっしゃるんですか?」 「ん?ああ、兄貴がね。親父もお袋も早くに死んじゃって、騎士をしながら俺を世話してくれたんだ。 ちょうど、今のフィンフィさんみたいにね」 「素敵な方ですね」 「素敵というか・・・・・・複雑なんだ。兄貴はすごい『騎士ガンダム』だったから。 尊敬してるけど、立派過ぎる兄貴がいるのもつらいよ。結構プレッシャー感じちゃう」 「でも・・・・・・騎士様は騎士様ですよ?」 「そうでありたい、とは思ってるけどねぇ・・・・・・ とにかく、世話になった借りを返す方法はひとつだけさ」 自分の頭上に、右拳を掲げてぎゅっと握る。 「兄貴を越える、すごい騎士になる。世界一の騎士にね」 「いいなぁ、男の子って」 「いいでしょ」 フィンフィは、目を細めながらアルスを見やった。その瞳の奥に、寸分の憂いを秘めながら。 それからアルスは夕食をとり、2人は他愛のない話をしながら短い時間をすごした。 「明日は早いでしょうから、これで・・・・・・」 「うん、おやすみ」 フィンフィはにこやかに言うと、どこか名残惜しそうにドアの向こうへ消えていった。   「順調なようですね、フィンフィ」 地下の大広間へと降りてきたフィンフィを、侯爵の後姿が出迎えた。 「後は、2時を待つばかりです」 「本当に」 サラマンデスの言葉が終わらないうちに、彼女の口から硬い声が漏れた。 「本当にシエロを・・・・・・弟を返して下さるんですね?」 「安心なさい」 穏やかな微笑をたたえ、短いマントを翻しながらサラマンデスは振り返った。 「そのためにあなたにはここでメイドをしてもらい・・・・・・私の実験に協力してもらっているのですから ・・・・・・ただ、あのお客人と親しくなりすぎていますね」 「あっ、それは・・・・・・」 安堵に満ちていた表情が、幾分曇る。 彼女の脳裏を、あかぬけたあの新米騎士の笑顔が巡った。 「まぁ、きちんと仕事をこなしてくれればよろしい。今日で最後です。がんばって下さい」 「・・・・・・わかりました」 自分の中の感情を押し殺しながら、彼女は強い声で答えた。 少しずつ近づいてくる密かな足おとに、アルスはすでに気づいていた。 彼とて騎士の端くれ、それくらいの警戒心はある。 そっと、枕元に置いた剣に手をかける。 −ガチャ。 ドアが開き、暗闇の中、何者かがベッドに近づいてくる。そこからくる殺気も、 アルスの第6感に反応していた。勝負に出るときだとも告げていた。 「誰だッ!」 見計らって身を起こし、剣を構える。 その人物は、黒い布の仮面で顔を覆い、右手には護身用と思しきナイフを携えていた。 「クッ!」 即抜刀。闇に白刃がひらめき、黒づくめの切りだした一撃を、アルスは即座に剣で受け止める。 あまり相手の力は強いとはいえないが、刀身同士の激突が鋭い音をかなで火花を散らした。 「うっ・・・・・・」 そこで、アルスの力が急に消えていった。 力が入らない。体がしびれている。金縛りにあったかのように言うことを聞かない。 そのままアルスは崩れるように床に倒れる。 黒づくめはアルスの命がほしいわけではない、とでもいうように、止めを刺さずに見守るのみだ。 「クソッ、動けねぇ・・・・・・」 視界がぼんやりとかすんでいくなか、アルスはのろうように刺客をにらみつけて倒れこんだ。 刺客の顔を包んでいた黒い帯がはらはらと床へ落ち、その中から、フィンフィの顔が現れる。 「フィン・・・・・・フィ・・・・・・どうして・・・・・・」 そこで、アルスの言葉は途切れた。薬が効いたのだろう。 「ごめんなさい、騎士様・・・・・・」 フィンフィはひざまずき、哀れむかのように彼の頭を撫でた。 −バ、バッ! 突然暗闇がホワイト・アウトし、アルスは目を覚ました。 それとともに、自分の体が、円柱状の柱に括り付けられ、自由を奪われていることにも気づいた。 大失態だ。 「やはりお若いですね、騎士ガンダム・アルス!!」 昼のようにバカに明るい照明の中、現れたサラマンデス侯はそう告げた。 「まだまだ甘いですね。敵陣で出された茶を飲み、食事をほふる。 三下の素人のすることですよ、ナイト?」 「くっ・・・・・・何を考えているんですか!」 ここまでくれば間違いないのはただひとつ。侯爵が『クロ』だということだ。 もっとも気づいたときには時遅し、ではあったが。 「世紀の大実験ですよ。あなたはいわばモルモットです」 スポットライトが、フロア中央に集中する。室内が急に暗くなり、 ぽつんと光があたるその場所をアルスは凝視した。 少年だ。まだ年端もいかない男の子が、うなだれて、力なく椅子に座っている。 「エルフィーノンの子かっ!」 エルフィーノンは、ぱっと見ヒューマノンと見分けがつかない。だが、アルスには確信があった。 「ご名答・・・・・・では第2問です。騎士ガンダム・アルス、『聖霊騎士』という言葉はご存知ですか?」 愉快そうに、侯爵は続けた。声が弾んでいる。 「聖霊騎士?まさか!」 「そう・・・・・・その昔、一部の騎士ガンダムは、エルフィーノンと『契約』を結び、 彼らの魔力を借りて戦っていました。いや、エルフィーノンのもつ魔力を、 さらに強大なものとして増幅させ、わが力としていた・・・・・・」 「奇跡の力『シンフォニック・ファイア』を統べる者・・・・・・ 『聖霊騎士(シンフォニック・ナイト)ガンダム』・・・・・・」 「そのとおりです。その奇跡の力を、私は今まで求めていました。そして地下組織と出会い、 こうしてサンプルの調達に成功したのです」 サンプルが何かは言うまでもない。 「てめえ・・・・・・人を道具のように使いやがって」 「あなたも直に道具になるのです。アルス君、君にはシンフォニック・ファイアを取り込んでもらい、 その強大な力を見せていただく予定ですよ?ですからそのような言葉は虚しいだけです」 サラマンデスはせせら笑う。その隣に、いつしかフィンフィの姿があった。 「フィンフィ・・・・・・」 「ごめんなさい騎士様、でも、弟のためなの・・・・・・」 視線を床に落とし、フィンフィはうめくようにつぶやいた。 そんな彼女を、アルスには責められるはずもない。 「あなたの仕事は終わりです。さぁ、シエロ君が待っていますよ」 サラマンデスは、やんわりと彼女をライトの中へ導く。 椅子に駆け寄り、フィンフィは少年の手を握った。 「シエロ・・・・・・」 そこでアルスはすべてを悟った。フィンフィがエルフィーノンの娘だということも。 少年はゆっくりと頭をもたげ、姉の姿を認めると、穏やかな笑みを見せた。 「よかった・・・・・・」 フィンフィは弟の体を、力いっぱい抱きしめようとした。 その時である。少年の体が、溶け出した。 光の燐粉を周囲に漂わせながら、少年の指先、つま先から、 まるで空気が体を食らっていくように消失していく。 「え・・・・・・」 フィンフィは呆然とした。やがて少年の下半身が消滅し、胴が消え・・・・・・ 「うそ・・・・・・嘘でしょ・・・・・・」 呪文のように唱えながら、彼女の手は彼をつかもうした。 だが、指先はむなしく虚空をあおぐだけである。 シエロは、最後に悲しい微笑をたたえて、霧散した。 「そんな・・・・・・なんで・・・・・・あぁっ!」 部屋の中に、彼女の悲痛な嗚咽のみが響く。 「フィンフィ・・・・・・」 「あぁ。思ったより早かったな」 サラマンデスはその光景を見ながら、うっかり書類に印を押し忘れたかのような口ぶりでつぶやいた。 「ま、すべての魔力を吸い尽くされたシボリカス。肉体を構成するだけで精一杯でしょうね」 椅子に突っ伏していたフィンフィは、顔を上げてキッと彼をにらんだ。 「どういうことっ!」 「私が注目していたのは、シンフォニック・ファイアを『魔空間』からとりだし、 戦闘用に『精製』するあなたたちの魔力です。つまり、その魔力さえあればいい。 魔力を取り出してしまえば、そんな子供は用済みです」 「利用していただけなのね・・・・・・私たちを!」 立ち上がると、フィンフィはあのナイフをかざし、サラマンデスに迫る。 絶叫に近い声で、彼女は荒れ狂って斬りかかる。 「死ねぇぇっ!」 「無駄です」 サラマンデスもかつては騎士だった男である。彼が腰からサーベルを抜き放つだけで、 彼女ははじき返され、壁に体をたたきつけられる。 「うぅっ!」 「フィンフィ!!」 アルスの叫び。それをサラマンデスは鼻で笑い飛ばす。 「あなたもずいぶんなお人よしだ。自分をだました女に、ここまで同情できるとは」 「うるせぇっ!ガンダム族の面汚しがっ!」 「何とでも言いなさい」 素っ気無く答えながら、彼はぱちんと指を鳴らした。 柱の影から突如、黒尽くめのモビルマノンが5人、フィンフィに迫る。 「後腐れがないほうがいいでしょう。契約どおり、弟に会わせてあげます。 姉弟水入らず、天国で仲良く暮らすといい」 「貴様・・・・・・っ!」 装甲兵たちがじりじりと迫り、彼女は壁まで追い詰められる。 兵のひとりが太刀を抜き、フィンフィめがけて振り下ろす。 (そんなことのために・・・・・・私は生きてきたの?) 自分自身を嘲るように、フィンフィはつぶやいた。   −ガキッ!ギチギチギチッ・・・・・・   その一撃が、フィンフィの体を2分することはなかった。 突如現れた白い影が、太刀を受け止めている。アルスだ。 「騎士様!」 「ヘヘッ、ようやくいつもの調子に戻ったよ・・・・・・」 まだ薬が効いている体にもかかわらず、アルスは笑いながら答えた。 「でぇやっ!」 そこから気合とともに、太刀を弾き飛ばす。 「いつの間に・・・・・・先にその騎士を始末しろ!」 サラマンデスの号令とともに、標的を変更した兵士たちが迫る。 「キェェェェッ!」 槍の一突きを交わしつつ、アルスは腰の隠し柄に手をかける。 伸縮式のウェブスターソードが伸び、鞭のようにしなりながら兵士の体を縛る。 「なんとっ!」 その次の言葉を待たずに、鋭利な刃の一つ一つが、彼の体を2分していた。 背後から、斧を持った兵士が怒号とともに襲い掛かるのも、アルスはすばやい身のこなしで回避し、 内側にもぐりこむ。刀身を変形させ、直刀状態にした剣を、胴体に押しやった。 ズップという重たい感触とともに、貫通。 アルスはたったひとりで、兵士たちをつぎつぎと仕留めていく。 その姿を、フィンフィはただ呆然として見つめていた。 (そんな・・・・・・なんで、戦ってくれるの?あの人は・・・・・・) 最後の兵士が、ばたりと倒れこむ。わずか2分足らずで、 アルスはすべての兵士を一刀の元に下していた。 そして、アルスはフィンフィのもとへ駆け寄る。 「フィンフィ!怪我はない?」 「あ、あ・・・・・・」 安堵と後悔、すべてが彼女の中を行きかって、フィンフィは崩れおって子供のように泣いた。 「うぅ、うっ・・・・・・」 涙はとめどなくあふれてくる。 アルスは彼女の肩を抱くようにし、ぽんぽんと優しくたたいてやった。 「な、なぁんということですかっ!」 サラマンデスは、はじめて動揺を見せた。 無理もない。彼の私兵集団は、騎士団時代のコネクションを使って手に入れた優秀な戦士ばかりである。 それを、新米の騎士がすべて片付けてしまった。まるで悪夢を見ているようだ。 「き、貴様!何者ですか!!」 その言葉に、アルスは立ち上がって答えた。 「見りゃわかるだろう。騎士だ。騎士ガンダム・アルスだ!」 刀を下段に構えて、彼は侯爵ににじりよる。 「許さない。エルフィーノンさらって、フィンフィ泣かしやがって・・・・・・ぶっ潰す!」 「騎士様・・・・・・」 涙を流しながら、フィンフィはそれでも彼を見やる。 「いや・・・・・・『断罪』だ。騎士ガンダムの名において、サラマンデス!貴様を断罪する!!」 確信に満ちた声とともに、アルスは剣を侯爵に突きつける。 「だ、断罪!き、貴様、貴様貴様・・・・・・」 『断罪』という言葉に、サラマンデスは驚愕した。 かつて最強を誇った、伝説の騎士の名が脳裏をよぎる。 悪を憎み、幾多の犯罪集団を叩き潰した、騎士団の若き英雄。 「だ、断罪騎士!『断罪の黒騎士』ホルス・シュタイナー!!」 「知らないね、そんなの!俺はアルスだ。『断罪王アルス』、覚えといて損はないぜ」 軽口をたたきつつも、アルスの冷徹なまなざしはサラマンデスに深く突き刺さる。 「もう終わりだ、サラマンデス」 「だ、黙れ!私はまだなにも手にしちゃいない!私の望む真の力はぁぁ!!」 サラマンデスは、絶叫とともに手の中のスイッチを押す。 ゴゴ、と床がせりあがり、培養液かなにかをたたえる、巨大な試験管を思わせるマシーンが出現する。 「あれはっ!」 アルスが一瞬たじろぎ、足を止める。 サラマンデスはその奇妙な機械からケーブルを取り出すと、おもむろに自分の体に接続した。 「こぉれだぁぁぁぁぁ!!」 「いけないっ!フィンフィ!」 「えっ・・・!」 事態がわからず混乱するフィンフィを抱え、アルスは階段を駆け上がる。 フロアを突っ切り、玄関を蹴破って、屋敷の外へ。 「何・・・・・・」 「来るぞっ!」 その瞬間、地響きとともに、目の前の領主邸ががらがらと崩壊していくのを2人は見た。 瓦礫の中から、巨大な影がぬっと現れるのも。 それは巨人だった。サラマンデスが、シエロから奪った魔力を使い、 強引に奇跡の力『シンフォニック・ファイア』を生み出したために、この様な姿になったのだ。 『ごふぅ。どぉぉですぅ、ビィッグでジャぁンボでしょぉぉおお?』 体の周りからは邪悪なオーラが、この世のものとは思えぬ異臭とともに漂う。 背丈は4倍以上に膨れ上がり、内側の力を抑えきれない皮膚装甲がひずむ。 マスクが横に真っ二つにわれ、獣の口のように開閉している。 『手にいれたぁ。私はやっと手にいれたぁ』 天を仰ぎ、巨人は喜びの声を上げた。 『これこそが絶対の力ぁ!。究極の力なのでぇす!』 −ウォオオオオオオン! 獣のような大音声の雄叫びが、夜の大気を激震させる。 「フィンフィ、森の中へ隠れて」 「でも・・・・・・」 「早く!」 強引に彼女を押しやり、騎士ガンダム・アルスは再び剣を構える。 それに気づいたサラマンデスは、自分から見れば子犬のような彼を見下ろす格好で 『馬鹿な奴めぇ。無駄という言葉を知らぬようだ』 「その台詞、俺をパンケーキみたいにぺしゃんこにしてから言うんだな!」 『なら望みどおり・・・・・・料理してくれよう!』 言うや否や、巨人は彼めがけ拳を振り下ろした。 寸前で、回避!アルスは落石のような一撃と交差するように、高く飛ぶ。 拳がたたきつけられた地面が、水面のように波うち隆起する。 「をいをい、嘘だろ?」 まるで『機械化部隊』の戦車砲だ、と、冷や汗交じりにアルスは思った。 『余所見をしているばあいかぁっ!!』 巨人の声を聞いたときには、彼の視界いっぱいに、巨人のもうひとつの拳が迫っていた。 −ゴゥッ! 「がぅっ!」 ものすごい質量を全身に受け、アルスはゴムボールのように地面にたたき付けられ、バウンドする。 しかし、彼の瞳の光は失せてなどいない。 「ま、負けるかッ・・・・・・」 『まだわかりませんかっ!』 起き上がろうとする体を、巨人がつま先で何気なく小突く。 そのたびアルスの体は、軽く5mは飛ばされる。 「ぐっ!」 砂煙を上げ、地にたたきつけられるアルスのところへ、フィンフィが駆け寄る。 「騎士様!」 「フィンフィ・・・・・・痛っ・・・」 「もう止めて!これ以上戦ったら、騎士様が!」 「馬鹿言わないでくれよ」 アルスは、あの屈託のない笑顔をもういちど彼女に向け、おもむろに立ち上がる。 「止めて!」 そんなアルスの背中に、フィンフィは抱きしめるようにしてすがった。 「戦わないで!私は、私は2人も大事な弟を失いたくない!」 「フィンフィ・・・・・・」 彼女の瞳から零れ落ちる涙が、彼の肩をつたい、刀を握る拳の上をつたっていく。 『そうです。そのほうがみのためですよ?この力のまえで、 あなたがいかほどにむりょくかおわかりになったでしょう?』 少しよどみながら、巨人はせせら笑う。 「お前も馬鹿言うな。そんなのは本当の力じゃない。くだらない偽りの、安物だ!」 『ならしょうめいしてみせなさい』 「上等ぉだぁぁぁぁっ!」 気合とともに、アルスは高く舞い上がる。 赤いマントをなびかせ、醜悪なサラマンデスの巨大な顔面めがけて刀を振り下ろす。 −グワァン! その一撃を、巨大な右腕が受け止める。  「うぁあああっ!」 アルスはがむしゃらに押し切ろうとするが、悲しいかな、 既にサラマンデスの力は常人の想像をはるかに超えていた。 ピシ、ピシと悲鳴を上げながら、刀身にひびが入り・・・・・・アルスの剣は砕け散った。 そのままサラマンデスの豪腕が、彼を新月の空に弾き飛ばす。 『むりょく。むりょくなり。わが力こそゼッタイ。ゼッタイタイ』 次第に、サラマンデスのよどみははっきりとしたものになっていく。 「あ、アルス様ッ!」 彼女はもう一度、彼の元に駆け寄る。 砕け散った剣を握り締めた彼は、もはや微動だにしない。 「騎士・・・様・・・・・・」 彼女の瞳から、最後の涙がながれ頬を伝う。 『さ、ふぃんふぃ。マイリマショフ。わたしはぜったい。わたしははちつじょじょ』 「・・・・・・ふざけないで」 動かないアルスを抱きしめたまま、フィンフィは力強く叫んだ。 「もう屈したりしない。私も、このアルス様も。もうこんな思いはごめんです! だから・・・・・・あなたを『断罪』する!!」 『ほぅ、ヤレルものなララやってみななさいい』 「哀れね。もうアナタは暴力にとりつかれただけの、単なる猛獣よ」 ぼろぼろのアルスを抱き上げ、立ち上がってフィンフィは続けた。 「『断罪王』が負けるはず、絶対ない。絶対」 自分に言い聞かせるように、そしてアルスに告げるように、彼女はつぶやく。 瞳を閉じたままの彼の頬に、フィンフィはゆっくりと顔を寄せて−   −光の騎士に、祝福を。私は常に、貴方とともに在ります− 歌うように口ずさみながら、そっと口付けをした。愛しい恋人に、愛するわが子にするように、 優しいキス。 『ごふぅ?しょうきデデスカあななタタ!けけ契約ししたたた!』 その光景にサラマンデスが動揺しているのは、決して予想外のラブシーンのせいではあるまい。 「ええ、『契約』しました」 瞳を開け、当然のようにフィンフィは答えた。 契約・・・・・・女性のエルフィーノンが、自らの魔力を騎士ガンダムに与えること。 あの口付けは、そのための儀式である。 彼女の右手が、優しい光を発しながらアルスの体を触れる。 彼の傷はたちまちに消え去り、 「むぅ?」 と、アルスは瞳を開けた。 「やっと起きてくれましたね、騎士様♪」 「フィンフィが治してくれたの?」 「私だってエルフィーノンです。簡単な治癒魔法なんか初歩初歩」 「なるへそ」 アルスは納得しながら、再び立ち上がる。 『まだ、まだだまだわたしのまえにたち、タチはだかろうというのかですでかかか』 その醜いサラマンデスの姿に、アルスは冷笑を与えるよりほかにない。 「ほら、安物の力なんざその程度さ・・・・・・とはいっても」 彼はここで、自分にいっさいの得物がないことに気づいた。 護身用の刀は取り上げられ、ウェブスターソードもこのザマだ。 素手で殴りかかるという手もあるが、これでは結果が目に見えている。   「騎士様。剣なら作ればいいんです」   アルスの困惑を断ち切るように、フィンフィは笑った。 「作る?」 「時間がありません、騎士様は目を閉じて。集中してください」 「目を?」 「早く!2人そろってパンケーキになる前に!」 「は、ハイ!」 ものすごい勢いのフィンフィに急き立てられ、アルスは瞳を閉じる。 フィンフィは祈るように手を胸の前に組み、黙祷する。 −魔空間:アクセス完了。 彼女の体の輪郭にあわせ、光の粒子が発生する。 −シンフォニック・ファイア:精製開始。 おもむろに、組んだ手をゆっくりと解く、その間から、まばゆい黄金の光があふれる。 奇跡の力『シンフォニック・ファイア』、その輝きは、夜の闇にあって太陽の如し。 「騎士様!剣を!剣を想像してください!」 「剣ってどんな剣!」 「おまかせします!!」 まるで寿司の注文である。 アルスはそれでも、頭の中で剣を描いた。 −剣。断罪の剣。銀色に輝き、すべての罪を吹き飛ばし、みんなの悲しみを癒す。 断罪王にふさわしい、折れることのない天下無敵の剣をくれ! それは、徐々に強い願いそのものに変わっていく。 しかし、フィンフィにとって、シンフォニック・ファイアにとってはそれで十分だった。 「!行きます!!」 「おうっ!」 フィンフィの手の中の光が、いっそうまぶしい光を放ち、拡散! それらは、次はアルスの正面に現れ、まばゆい輝きとともに収束し、像を結んでいく。 剣。断罪の剣。銀色に輝き、すべての罪を吹き飛ばし、みんなの悲しみを癒す。 断罪王にふさわしい、折れることのない天下無敵の剣。 アルスは光に手を伸ばす。 光はやがて、大柄な剣へと姿を変える。輝きの燐粉を撒き散らしながら。 瞳を開け、剣を見つめるアルス。彼の瞳に驚愕の色が映る。 「これって、聖霊騎士の武器・・・・・・『バスター・ウェポン』?まさか、フィンフィ!」 「細かいことは気にしないで!早くヤツを!」 『き、きさまららららら!!』 半狂乱の巨人は、怒号とともに殴りかかる。 −ドゥッ! それを、アルスの新しい剣が難なく受け止める。 彼の新たな剣−銀色の幅広、肉厚の刀身、そして剣全体を甲殻のような装甲が包んでいる−は、 悲鳴ひとつ上げない。 「そうか・・・・・・」 アルスの兄、『断罪の黒騎士』と言われたホルス・シュタイナーの言葉がよみがえる。   −心無くして力なし。力は心依りて力なり−   「ああ、そうだともッ!!」 気合一閃、アルスは刀を大きく振る。 壮絶な力がサラマンデスを襲い、彼の巨体を揺るがす。 信じられないことだが、巨人はおよそ50m先に吹き飛ばされていた。 木々をべきべきとへし折りながら、巨人は立ち上がる。 『ごぅうううう!ばかはホドノドどほどになさいいい!!』 「やなこった!」 剣を構えなおし、アルスはもう一度フィンフィのほうを見る。 彼女は、あの穏やかな笑顔で、確かにうなずいた。 −そうだ・・・・・・思いを込めろ− 瞳を閉じ、自分の心を剣に収束するイメージで・・・・・・ 『われをうやまぇへへへへ、シタガへへへぇ!』 地響きを上げて、巨人は迫る。 −フィンフィの悲しみを、俺の怒りを− 『ぐぉぁおおおおお!』 その絶叫がいかに大気を揺るがそうと、アルス達は退かない。 −そして信念を− 『しぃねぇぇぇぇ!!』 −刀身に、込める!! 「見えた!」 アルスが瞳を開けると、そこには巨人の凶暴な拳が迫っている。 彼は剣をひらめかせ、大きく振った。あたかも敵を、空気ごと切り裂くように。   「エクスキューソナー・ファーストッ!」 −シュバァッ! 光の波が走り、巨人の肩口を切り裂く。 どぅ、と音を立てて、サラマンデスの右腕が地に落ちた。 『グァァァァぉおおおおおお!?』 サラマンデスの顔を驚愕が彩る。 アルスはまた剣を構えなおす。 刀身の装甲が左右にガッと展開し、その合間にあるスリットから何かが射出され、地面におちる。 それは空薬莢に酷似した、小型のカプセルだ。   「まだまだぁっ!エクスキューソナー・ソニック!」   さらに一撃。光の津波が、今度は左腕を斬りおとす。 『き、きぃさまぁぁぁぁぁ!』 苦痛と憎悪にゆがんだ表情で、サラマンデスは吼えた。 変形した刀身が、さらに排莢。 アルスは構えなおし、狙いを定める。 サラマンデスの胸部、結晶体のある部分へと。 「あからさまに弱点、って感じだな!一発で決める!」 最後の一撃に、すべてを込める。   「エクスキュゥゥソナァァ・エェンド!!」 剣の周りに光がまとう。それをアルスは、牙突の一撃とともに撃ちだす! −バシュゥッ! 光は矢となり、サラマンデスの胸部を射抜く。 『ば、馬鹿なばかなバカナばかかなばかなばなあかぁ・・・・・・』 牙の間から濃緑の血を吐きながら、哀れな巨人は身悶える。 「あの世で、フィンフィの弟に謝れ!なんて言わないさ・・・・・・お前は、地獄の業火に苦しみ続けろ。 彼と同じ天国には、行かせやしない」 目を伏せるとアルスは、淡々と、きびすを返してつぶやいた。 『ぎゃうっ!』 巨人の体が大きく膨張し、爆発。 その炎が赤く彼の体をぬらす中、勇者の剣は最後の排莢を終え、再び光の粒子へと還っていった。 やがて、長い夜の終わりを告げる朝日が、ゆっくりと山際を照らす。 「騎士様・・・・・・」 フィンフィは、いつもどおりの穏やかな笑顔で、アルスを迎えてくれた。 「へへっ」 彼もまた、満足そうな表情で、彼女にVサインを送ったものだ。   孤独を愛するサラマンデス侯だったが、実は一時期家庭を持っていたことがあったのだという。 しかし、愛する家族は暴徒により殺され、彼は己の力のなさを痛感させられた。 その時の悲しみを糧に生きてきた侯爵だったが、たとえ騎士として認められようと、 愛するものを守れなかった後悔は消えなかった。 すべてを内包する力への渇望・・・・・・それはいつしか、邪悪なまでの欲望へと変容していった。 「行ってしまわれるのですか?」 「うん、まだエルフィーノンの誘拐事件が片付いたわけじゃないし。 屋敷の地下室から、結構情報が手に入ったんだ」 荷物を背負い、アルスは明るい声で告げた。 「忘れ物は、ありませんね?」 フィンフィが、まるで遠足に行く子供へ呼びかけるように尋ねる。 「ハイ!まったくもって完璧です!」 自信満々で答えるアルスだが、フィンフィはなぜか口を尖らせる。 「まだ、ありますぅ・・・・・・」 「・・・・・・や、やっぱり?」 アルスでもそれはわかっていた。 あのバスター・ウェポン−彼の場合は『バスター・ソード』−の出現が意味することを。 彼はエルフィーノンであるフィンフィと『契約』し、現在では伝説とさえ言われる存在、 『聖霊騎士ガンダム』になってしまったのだ。 たとえ中身が、まだ声変わりしていない、無鉄砲な子供であっても。 「フィンフィはいいのかよ?こういうことがたくさんあるんだよ?契約したら、 騎士と一緒にずっと闘わなきゃならない、それは・・・・・・」 「それは承知の上です。それに、騎士様には借りがあります。私、借りっぱなしって嫌いなんです」 アルスの言葉をさえぎって、フィンフィは力説する。 「でもさ、やっぱり危険」 「危険なときは、騎士様が守ってくださるんですよね?」 「えっ!?」 意地悪っぽく、もてあそぶように・・・・・・年上の女性が見せる、 いたずらそうな表情をうかべて、フィンフィは言った。 「それとも『断罪王』が、こんな女の子ひとりも守れない、 なんてことは、万が一にかぎってもありませんよね?」 そこでアルスは、思わずムキになって答えてしまった。 「そんな事ないっ!」 「じゃあ、契約成立、ですね♪」 朝日の中で、フィンフィはにっこりと微笑む。 アルスにはもう、説き伏せる勇気、根気が皆無であった。 「もう・・・・・・わかりました!よろしくお願いします、フィンフィさん」 「あは♪ご英断に感謝しますわ、騎士様?」 「そのかわり条件ひとつ!柄じゃないし、騎士様ってやめてくれない? そういうのは無しでいきたいんだよね」 アルスは苦笑まじりにも、ささやかな反撃を試みたりする。 「そうですかぁ、じゃあ・・・・・・アルス君!」 「おろ」 アルスはとたんに脱力する。 『騎士様→アルス君』、フランクになりすぎるにも程があるんじゃないか? 「あの、お気に召しませんか?」 フィンフィが、どこか心配そうに覗き込んだ。 ・・・・・・ま、いっか。 「あーもー、それでヨシ!」 「じゃあアルス君、次にどこへ参りますか?」 フィンフィの声が弾む。 「とりあえず・・・・・・西っ!」 朝日を背に受けて、半熟騎士と精霊のメイド・・・・・・不可解な取り合わせのパーティーは、 確実に旅路への一歩を踏み出した。 それは、後に『黄金の断罪王』と呼ばれる、騎士ガンダムの物語の始まりでもあった。

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