装甲機士伝 シンフォニック・ファイア―SDガンダムリストリー
幕間劇−音速篇
「ブロマンシュ師団長、ご足労・・・・・・」
「あーいいのいいの、こっちは好きでやってるようなもんだから、気にしないで?」
出迎えたモビルマノンの騎士にむかって、略式の騎士団員制服をまとった若い女がフランクな口調で答えた。
ディータ・ブロマンシュ、ガムスタン騎士団内『機械化師団』の責任者である。
現在、ガムスタンや東国『東雲』の軍隊では当たり前の話だが−実戦はモビルマノンの仕事であり、
それ以外の仕事(作戦立案、後方支援、新兵器開発エトセトラ)をヒューマノンがまかなっている。
だから彼女のような、ほっそりとしたヒューマノンの女性が、兵器工場にいるのだって当たり前と言えば当たり前だ。
彼女、ディータ師団長はこの春、若き騎士たちを『アカデミー』から送り出すと同時に、機械化師団へと異動になった。
彼女はアカデミーでは戦術教官を務めていたものの、専門は工学である。
その能力を、騎士団の指導者たちが放っておけるはずがなかった。
「ン〜♪フフ〜♪」
とハミングしながら、彼女が壁のスイッチをはじく。
薄暗い工場の中央に、スポットライトが照らされ、その下にある新兵器をあらわにする。
突撃用2輪装甲車両−要するに戦闘用バイク−である。
極太のホイール、流線型の装甲、そしてところどころには無骨なボルト。
これは火器を装着するためのハードポイントだ。
4日前に完成を見た試作型、ディータにとっては可愛い息子に等しい。
「あぁ・・・・・・いつ見てもす・て・き♪」
と、機体に駆け寄り頬擦りしつつ陶酔する。
ディータ・ブロマンシュ(27)は、恋愛とか結婚とかとは全く持って無縁の、この暗い工場のなかで、
ひとり至福の時を過ごしていた。
「あのぉ・・・・・・師団長?」
部下のモビルマノン、ジント族の兵士が、遠慮がちに声をかける。
「ん?なぁにぃ?」
うっとりとした、色のある微笑をたたえて彼女が振り向いた。
兵士はゴーグル状の仮面に冷や汗をかきつつ(?)
「もう、テストパイロットの方が参られてます」
「え・・・・・・あ、そうそう、そうだったわねぇ、あはは」
すっかり忘れていたが、今日はこの試作型を動かすことになっているのだ。
「で、そのパイロットさんは・・・・・・」
『それは私です、ディータ師団長ぉ〜!』
突如として、大音声が工場の四方から響き渡る。その声はスピーカーを乗っ取っているのだ。
「ま・・・・・・まさか・・・・・・」
その男の声が、彼女を夢の楽園からシビアな現実へと引きずり戻した。
そんなことはない、アイツが来ているはずはない。だってアイツは・・・・・・
ディータは冷静に、自分に言い聞かせる。
それでも不吉な予感がぬぐえない、彼女の腰まで伸びたブロンドが、逆立つような感覚を覚える。
その時、もうひとつのスポットライトが点灯した。
バッと照らされた光の中には・・・・・・着流し姿の男(ガンダム族)が。騎士の国、我々の世界で言うならば
中世から産業革命のあたりの文化をもつガムスタンにあって、彼の姿は異様の一言。
『そう、とうおうч、!音速の紅武者とは私のことです!!』
マイク片手にそう叫ぶと、男は着ていた羽織をバッと脱ぎ散らす。
その下には、赤いオリエンタルな鎧があった。彼は騎士ならぬ『武者』、隣国『東雲』の戦士である。
「知ってるっつーの!てゆーか、なんでアナタがここにいるのよ!」
彼女は驚き混じりに抗議の声をあげる。
『それでは再会を祝して1曲!』
「人の話を聞けぇっ!!」
間髪いれずに、渋い音楽が流れ出す。
〜♪ちゃららぁ〜ちゃららら〜
〜♪じゃっじゃーんじゃじゃん、ちゃらららら〜
−怒涛の大波 大津波
ぶっとび重なる 武者人生よ
鞘に納めた剣よりも 赤くめんこい桜桃
武者魂はいずこなり 紅鎧に問いかける
情けの港を後にして 戦に漕ぎ出す
武者人生は 嗚呼 大津波
演歌。それもコブシの聞いたプロ級の歌声で、赤い鎧の武者は歌い上げ、
『ふぅ・・・・・・』
と満足そうに息をついた。
「ч、・・・・・・なんでアナタがテストパイロットなのよ」
「まぁまぁ、そうしけた事を言わんといてくださいよディータさん♪」
試作機を外に出し、整備班に随伴してふたりは工場を後にする。不機嫌をあらわにしたディータの回りを、
ч、はちょこまかと動きながら、
「こういっちゃ何ですが、機械化部隊を発案したのは私たち東雲武士団です。
ゆえにこのような高機動兵器開発にも一日の長がある。
ガムスタンの貴重な試作機を任せるなら・・・・・・」
「やはり経験のあるアンタ武者ら、ってことでしょ」
「そうです、さっすがディータさぁん!」
得意満面の笑みをたたえて、ч、の目が笑った。
この男も自分と同い年のはずなのだが、まったくもって大人げのない性格である。
ディータはというと、うんざりした表情を幾分か和らげ、
「わぁったわよっ。とにかく私の可愛いマシーンはあんたに預ける!ただ、あの登場シーンは何?」
「あぁ、趣味ですよ、趣味」
「・・・・・・」
こんなч、と、2国をはさんで友達やっている自分は、なかなか人間ができているのかもしれない・・・・・・
そう考えるより他にないディータだった。
やめたい。今すぐ友達やめたい。
ヘルメットの下の顔を引きつらせながら、ディータは一心不乱に願っていた。
「イヤッハァァァァァ!!」
ディータの手がけた試作機『ブリッド・ゼロ』に跨り、ч、は爽快感とともに叫んだ。
その名のとおり、弾丸のようなスピードで、彼を乗せてブリッド・ゼロは荒野を爆走していく。
その後部席に、ヘルメットと耐ショックスーツを着けたディータも乗せて。
「何で私が乗んなきゃいけないの」と反論したが、ч、いわく
「やっぱり製作者も乗ってみないと、性能がわかりませんよ?それに俺は操縦してる間はデータ取れないし」
というもっともな理屈で乗せられてしまったのだ。
スーツを着けていても、彼女の体は否応なく、計測者用の副座に押し付けられる。
人間と比べ物にならない耐ショック性を持ったモビルマノンの兵器、並の人間では使いこなせない。
「うれしいなぁ、ディータさんとドライブだぁ」
猛烈な向かい風にもかかわらず、ч、はご機嫌な声を上げた。
「ど、どう、このブリット・ゼロ・・・・・・」
一応製作チームとして、ユーザーからの声を聞いてみたりするディータ。
ここで改良すべき点などを見つけておかなければ・・・・・・
「ウチ東雲のマシンは走破性を追従したキャタピラですが、これは純粋な2輪タイプ、
スピードならこっちのほうが上でしょう!俺のタイプですね、このマシン!さっすがディータさぁぁん!!」
と、的外れな答えが返ってくる。
「そーじゃなくって!操縦性!!」
「あぁご安心を。俺はどんなマシンも使いこなす音速武者ですから!!」
「別にアンタの心配はしてな、あぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」
そこで、彼女の間延びした声がじょじょに悲鳴に変わる。
2人を乗せたブリット・ゼロは、この瞬間音速の壁を突破していた。
「ブラボー!エキセントリック!あっぱれ!」
「ふんぎゃぁぁぁぁ!!」
スピードが増すにつれて、ч、の声も弾んでいく。
彼は超音速癖、いうなれば『キ○ガイじみたスピード狂』なのだ。
彼はアクセルを握り締め、後ろのディータに声をかける。
「さいっこーでしょ、ディータさん!」
「ぐ、ぐるぢぃぃ・・・・・・」
「うんうん、そーかそーか」
どこをどう取り違えているのか、ч、は満足そうに首を縦に振った。
「どうです、1曲歌いませんか?はいマイク」
この状況で、どこからともなくマイマイクを取り出す始末である。
というより、ドライブしながらカラオケしようとするあたり、ч、も変わった男である。
「う、っぐぅ・・・・・・」
ディータはのけぞりながら、彼のマイクを受け取り、
「と、とめてぇぇぇ・・・・・・」
「え?まだイントロも流してないのに。演歌はお嫌いですか」
困惑した声で、ч、は尋ねる。
ディータは確信した。
・・・・・・ダメだこりゃ。
事実、ブリット・ゼロの2人のあいだに、意思の疎通が成り立っているとは言いがたかった。
「・・・・・・あれ?ディータさん?」
天を仰いだままの彼女を見て、ч、はさもしてやったりといった顔つきをした。
「俺の運転が気持ちよすぎて寝ちまったのか。うんうん」
彼女は反論しなかった。いや、できなかった。
ゴーグルの奥のディータは、ばっちり白目をむいたまま昏倒していたからだ。
基地に戻ってきたとき、彼女は心のそこから神に感謝した。
「私・・・・・・生きてる・・・・・・うぐぅ」
頭の中で『ハレルヤ』が響き渡り、彼女は副座からこぼれるように降り立った。
そのまま、べたりと座り込む。
「うぅ・・・・・・腰に力が入らないぃ」
「だいじょぶですかぁ、ディータさん」
ч、はというと、一仕事終えた後のすっきりした表情だ。
「んなわけ・・・・・・ないでしょぉ・・・・・・」
「ふむぅ」
額の辺りを人差し指で軽く掻いて、ч、はすこし眉をひそめた。今更ながらに反省しているのだろう。
ディータの恨めしそうな視線を甘んじて受け流し、くるりと背中を向けて、
「どうぞ♪」
「うぅ・・・・・・基地の中までだからね!」
「はいはい」
ч、の背中に、ディータはがばっとかぶさる。
彼女をおぶってよいしょ、と立ち上がると、ч、はおもむろに歩き出した。
レポートをさくさくと書き上げ、ч、は夕暮れ時の迫る試験場に立っていた。
「じゃあディータさん、さびしいでしょうが縁があったらまた」
「私としては、縁がないほうがいいんですけどね」
彼女の言葉が、ぶすりと胸に突き刺さり、ドリルのようにDIGDIGとえぐる。
「いや、ホントにすみませんでしたって!じゃあ、あの小生意気なクソガキにもよろしく」
「アルスはあんたの数百倍はマシです!私の教え子なんだから」
そんなディータの声には、すこしユーモアがある。
「今だって、それなりに頑張ってるみたいよ?」
「へぇ、あのアルスがね・・・・・・」
「今はドストニアにいるはずだけど・・・・・・」
以前世話してやったときには生意気なだけのチビスケだったヤツが、今は立派な騎士様とは・・・・・・
ч、は柄にもなく、しみじみとした、それでいて詩を読むような口調でつぶやく。
「あぁ青春の日々よ。みんな大人になったねぇ」
「あんたが子供なだけよ」
とディータが揚げ足を取り、ふたりは顔を見合わせてひとしきり笑ったものだ。
「それじゃ、行きますわ」
「えぇ!」
ч、が軽くぱちんと指を鳴らすと、上空から巨大な、身長の2倍はあろうかという刀が飛来する。
龍の文様が描かれた刀身。ч、の意思に応じて現れる『烈龍刀』である。
これをどうやって手に入れたのかは、ディータにもさすがにわからない。
浮遊する刀の上に飛び乗ると、「じゃ」と言い残し、まるでサーファーのように、
烈龍刀を使って風の波に乗り出し・・・・・・マッハのスピードで、ч、は地平の果てに姿を消した。
「まったく、あのスピードオタクは・・・・・・」
言葉とは裏腹に、穏やかにディータは笑う。
その時、彼女の腰の通信機がアラームを奏でた。
それは、上空を飛行する烈龍刀のч、も同じだった。
「何々?」と、携帯電話に酷似した通信機・・・・・・というかケータイそのものといった通信機をとりだし、
ディスプレイを開く。音声ではない、電文情報だ。
>エルフィーノン闇売買に関する重要事項
普段は軽薄なч、の瞳の輝きが変わる。この一連の事件は、ガムスタン騎士団警察機構、
そして東雲武士団調査隊が共同で追っている、いわゆるヤマなのだから。
>ガムスタン共和国・ドストニア領主サラマンデスの関与が判明。被疑者は死亡と見られる。
>流通ルートに関する情報数件入手
>また、崩壊した領主邸跡でB級魔力残留反応。
>大規模な『魔法戦闘』が行われていたとの目撃証言
>巨人、それを倒す謎の騎士の目撃証言数件
「ん?まさか・・・・・・いや」
ч、の瞳がにやりと笑う。確信の満ちた笑みだ。時は満ちた、か。
−ホルス、早く出て来い・・・・・・第2の『断罪騎士』が出てきちまったぜ?俺たちのすぐ、近くでな・・・・・・
真っ赤に燃える夕日が、よけいに血潮をたぎらせやがる。
「イャッホォゥ!」
弾けるような雄叫びを上げて、ч、はスピードを上げた。
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