井上陽水 

このページでは、t-kiteが井上陽水の歌などのなかで
◎好きなもの ◎その理由を語れるのも
(「感覚的に好きだから」以外で)と言う2つの条件を満たしているものをセレクトして好き勝手に語って
いるページです。アンドレカンドレ時代のものも含みます。なお、このページはt-kiteが個人的趣味で
やっているので、内容に関する問い合わせは全て
t-kiteまでお願いします。



目 次
『ワカンナイ』についての一考察
『リバーサイドホテル』についての一考察
『ビューティフル・ワンダフル・バーズ』についての一考察
「井上陽水うれいの年表」から「陽水の少年時代」を考察




  『ワカンナイ』についての一考察

 この曲は、宮沢賢治の「雨にも負けず」を茶化した曲です。
これは、陽水さんが『媚びうる作家』のP136ではっきり告白しています。
 それにしてもこの曲は凄い。サビの、

  君の言葉は誰にもワカンナイ
  君の静かな願いもワカンナイ

 ここで、賢治のことを「君」と言っているし、その言葉や、願いも「ワカンナイ」と、それも、カタカナで
述べているのです。いやーこれは凄いです。

 個人的には、例えば自分のことを考えても、1世代(30歳くらい)位の年の差なら、たとえその人が
ちょっと位凄くても、なんだ、自分だって頑張ればすぐ追い付くよ、位になってしまいます。
自分がどう頑張っても追い付けないなぁと感じると、尊敬に値するみたいな感じになります。
 これが、もっともっと年代が離れて、そしてその人が美化されると、
なんか凄い偉い人みたいに感じてしまうのです。賢治も、自分は尊敬も何もしていないのですが、
年代的にも接点があまり感じられないし、そして世間的には美化された人なので、
これを茶化そうなんて思いません(と言うか、そう言う発想になりません)。
それを、陽水さんは、いとも簡単に、それも、「困ったな、曲、何作ろうかな」という時(『媚売る作家』P136より)
に、こういう発想になるのですから、さすがとしか言いようがないのです。

 しかし、それにプラスアルファーして凄いのが、陽水さん自身の作詞が、なかなか「ワカンナイ」のに、
賢治氏の詩を、その陽水さんが「ワカラナイ」と評価している点ですねー。
いやーもうこれは音楽凡人の小生から言わせると、「いやはや」としかコメントしようがありません(^^) 
これって、陽水さんは意図的にやったのか、たまたまそうなったのか、興味深いですね。
(多分たまたまそうなったと思うんですが。)

 いずれにしても、個人的な陽水さんの作詞の魅力は、

  部分部分で考えると   上手く「ワカンナイ」     場合が多くても、
    全体を見ると   なんとなく「ワカル」ような気がする  点です。

 『アジアの純真』なんてその典型ですよね。

 やはり陽水さんは、年代的には何10歳しか違わない人でも、絶対自分では真似の出来ない 天才 なの
です。

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  『リバーサイドホテル』についての一考察
 
 タモリが、サビの部分「ホテルはリバーサイド」は単にタイトルを逆にしただけじゃんといっていた。そこも好きだが、
個人的にもっと好きなのは同じくサビの部分

  川沿いリバーサイド

 の所である。「川沿い」とはリバーサイドの日本語ではないか(^^)つまり、「川沿いリバーサイド」
は同じ意味を重ねているだけなのである。これに気がついたときは、笑いが止まらなかった。
陽水の歌詞は、意味が分かりにくいのが多くて有名だが、その中で『リバーサイドホテル』の
「川沿いリバーサイド」の部分は一番好きな部類です。カラオケで歌うと、やはりそこで笑ってしまうので、
ほんとに仲のいい人とカラオケに行くときしかこの歌は歌わない事にしています(^^;

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  『ビューティフル・ワンダフル・バーズ』についての一考察

 この歌はアンドレカンドレ時代のものです。井上陽水著『媚売る作家』で、陽水氏は
「全然人の心を打たなかった」と述懐していますが、ところがどっこい、僕は心打たれました
メロディーも、まさに今流行りの憩いの曲です。そして、歌詞も考えれば考えるほど深いのです!
この曲は4番まであって、全部歌詞を載せたいところですが、長くなるので、とりあえす1番を。

  鳥よクツをはいて どちらへおでかけ
  道がほこりだらけで バスで行くんだって
  鳥よバカだな おまえは鳥じゃないか
  Beautiful Wonderful Birds
  Beautiful Wonderful Birds

 これをみて、1〜3行目の「鳥よクツを〜おまえは鳥じゃないか」までは、どう見ても
一羽の鳥に話しかけています。しかし、「Beautiful Wonderful Birds 
と、最後は複数の鳥になっているのです。
特に、2番は、最初が

  鳥よきのうおまえに 100円あげたら

 と「おまえたち」にではなく「おまえに」あるので一羽の鳥に話しかけています。
でもやはり2番の最後も「Beautiful Wonderful Birds」なのです。いやー不思議だ。
この曲は4番まで同じ構成になっているので、合わせて四羽の鳥
になるので、Beautiful Wonderful Birds と考えれば、つじつまは合います。
しかし、各々で考えると複数形では ? となってしまいますね。
ちなみに、4番に

  鳥よ!鳥よ!鳥よ!鳥よ!鳥よ!

 という「!」が5つもついた歌詞があるのですが、そこからは考えられないくらい
落ち着いたメロディーです。
僕はメロディーを先に知ってから歌詞カードを見たのですがおかしくて笑ってしまいました。
なお、私の携帯のオリジナル着信音リストにこの『ビューティフル・ワンダフル・バーズ』
があります。(かつては『夢の中へ』の時代もあったが、メジャーすぎてやめちゃいました。)

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 「井上陽水うれいの年表」から
         「陽水の少年時代」を考察

 「井上陽水うれいの年表」は、アルバム 『陽水ライヴもどり道』 に付いているやつです。そこから、
「陽水の少年時代」(中学入学まで)を考察します。名曲『少年時代』を考察するのではありません。(^^)
なお、青文字は年表からの引用です。

  昭和23年8月30日 福岡県にて生まれる.父、井上若水の長男として歯科医になるべく
               英才教育、始まる

 お父さんの名前が出てきます。若水と書いて「わかみ」と読みます。
陽水は「あきみ」ですよね。ちなみにお母さんはフジさんです。お父さんの実家の高知の村の
歯科医になるべく、英才教育が始まったのです。

  昭和27年  家族の記念写真をとる事を父が発案。私は自意識過剰により、これを拒否   
          強い説得によりやむなく受諾                     
  昭和29年  家族の記念写真をとる事を父が再案.私は第一時反抗期により、これを拒否
  昭和30年  小学校入学                        

 ここから分かる通り、陽水くんは、小学校に入学する前から(!)自意識過剰であったり
第一次反抗期であったりして、家族の記念写真をとる事を拒否しています。
特に昭和27年といえば陽水くんはまだ3歳か4歳です!
この頃から既に大物の片鱗が見え隠れしていますね。すごいとしか言いようがないです。

  昭和31年 そろばん、書道を体得。賞状、商品をおびただしくいただく
  昭和32年 自転車を欲しがり、4日間で入手、一週間でマスターする 

 早熟な少年であった事が分かりますね。陽水さんは結構特殊な字を書きますが、
それもこのときにマスターしたのでしょうか。この特殊な字は、この『うれいの年表』や
アルバム『陽水U センチメンタル』『氷の世界』で見る事が出来ます。
昭和31年当時でそろばんや書道教室に行っていたのでしょうか?
それとも両親が教育していたのでしょうか?
昭和23年の誕生の項に「英才教育」とあるので教室に通っていたのでしょう。
うれいの年表という事を考えると、当時の両親の早熟教育に対する
ささやかな批判とも解釈できるかもしれませんね。

  昭和33年 町内旅行に参加、貸切りバスの案内用マイクを手にし、美空ひばりの歌をうたい
         始めて人前で称賛の快感によいしれ、同時に美声を自覚する   

 「うれい」の年表に敢えてこのような内容を載せるという事は、陽水さんの人生で大切な事、
つまり「歌手 アンドレカンドレ→井上陽水 の原点は、この時の
少年時代の些細な経験から」と、勝手に解釈させていただきます。

  昭和35年 誕生パーティーを父が発案。私は第二次反抗期によりこれを拒否

 小学校入学から5年までは結構精神的に安定していた様ですが、
6年生で再び反抗期になり、精神的に不安定になってる事がわかります。
昭和36年に中学に入学しますが、そこから先の内容は、休学を考えたり
受験や女性の事などで、ずーと精神的に不安定の様です。
そんなときにビートルズは心の支えになったのでしょう。その後は、
大学受験(歯学部)に3度失敗して、1969年、アンドレカンドレとしてデビュー。
1972年井上陽水(ようすい)と改名して、現在に至るわけですね。

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