有川 浩 25


空飛ぶ広報室


2012/08/10

 あとがきによると、本当ならこの本は2011年の夏に出る予定だったという。

 ブルーインパルスに憧れパイロットを志した空井二尉。しかし、彼の夢は交通事故に巻き込まれ突如断たれた。パイロット資格を失った空井に、防衛省航空自衛隊航空幕僚監部広報室への転勤辞令が下った。一言で言えば広報室である。

 1.「勇猛果敢・支離滅裂」。室長の鷺坂一佐は、着任から日が浅い空井を、帝都テレビの女性担当者・稲葉と面会させるという。周囲は懸念を示すが…。空井が広報の何たるかを教えられる、プロローグ的1編。稲葉もまた、挫折を味わっていることに注目したい。

 2.「はじめてのきかくしょ」。自衛隊を知ってもらうのは広報室の大切な業務。張り切って帝都テレビに企画を持ち込んだ空井だったが…。これもまた勉強。広報畑が長い比嘉一曹の言葉が身に染みる。3.「夏の日のフェスタ」。熱意はあるが、仕事が雑な嫌いがある片山一尉。彼は、階級が下の比嘉を強く意識していた。比嘉の真意とは。

 4.「要の人々」。広報室の紅一点・柚木三佐は、ある理由から努めておっさんらしく振舞っていた。そんな柚木に防大時代から思いを寄せる槙三佐は…。物々しい序盤から一転、唯一恋愛要素を感じる1編。5.「神風、のち、逆風」。空自としても会心のCMは、大きな反響を呼んだ。ところが、好意的な声ばかりではなく…。空井が真っ直ぐすぎるだけに、この言い分は酷いと僕も思う。だが、これで凹んでいては広報室は勤まらない。

 6.「空飛ぶ広報室」。立ち直った空井に、大きな仕事が持ち込まれた。前例がないが、鷺坂は勇んで上を動かす。いいことばかりではない、むしろ辛いことの方が多いに違いない、広報の仕事。それでも自衛隊を知ってほしい。その一心で広報室は奔走する。全編の大団円となる、めでたしめでたしな1編。本来、これで終わりなはずであった。

 「あの日の松島」。空井が松島基地に転勤後、東日本大震災が発生。後日、稲葉が取材に行くという設定である。自衛官の言葉にただ耳を傾けてほしい。

 本作は、ひたむきな空井と、広報室を密着取材する稲葉の成長を描きながら、普遍的テーマも持つ。勤め人なら訴えるものがあるだろう。懐が深い鷺坂室長の下、際立つメンバーの個性も楽しい。自衛隊を扱った作品群の中でも、最高傑作と言えるだろう。



有川浩著作リストに戻る