綾辻行人 08


殺人鬼


2000/05/08

 『殺人鬼』…そのものずばりのタイトルである。

 本作は、日本中を震撼させたあの幼女連続誘拐殺人事件に端を発した、ホラーバッシングの真っ只中に発表された。綾辻さんの言によれば、「健全な常識の暴力」に対する怒りに突き動かされるように書き上げたという。本格と同じくらいホラーを愛する綾辻さんは、公言してはばからない。暴力的な小説や映画を好むような人間は、暴力的な行為に走りがちである…というお決まりの理論の、何と短絡的で低レベルなことか。

 その怒りのなせる業か、本作における微に入り細を穿った殺害描写には、鬼気迫るものがある。なおかつ、極めて映像的だ。血飛沫が、腕が、内臓が飛び散るシーンが鮮やかに像を結ぶ。

 僕自身は、ホラー映画、とりわけスプラッター映画は苦手である。しかし、本作は文句なしに面白かった。その情け容赦のなさに快感すら覚えた。残虐なようで耽美的な、綾辻さんの文章の魔力と言うべきか。

 内容は至極単純である。ある山を訪れた親睦団体の一行に、正体不明の殺人鬼が襲いかかる。動機など何もない。ただ、殺したいという衝動があるだけ。最初から最後まで、ひたすら殺して殺して殺しまくる。

 ところが、ただのスプラッターかと思いきや、本作には周到な罠が仕掛けられている。さすがは本格の申し子、綾辻行人。なるほど、各章のタイトルにはこんな意味があったのか…。

 僕は本作を高く評価しているが、発表当時、綾辻ファンの間でも評価は真っ二つに割れたらしい。確かに、誰にでもお薦めできる作品ではないかな。血が流れるのを考えるのも嫌という方は、最初から読まない方がいいだろう。

 ちなみに、綾辻さんご自身は暴力も嫌いなら血を見るのも嫌いだそうである。



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