綾辻行人 09


霧越邸殺人事件


2000/06/13

 「館」シリーズ番外編とも言うべき大作。しかし、どちらかといえばからっとした作風の「館」シリーズとは違い、本作は終始重厚な雰囲気に包まれている。正統派本格ミステリーの体裁を保っている一方、幻想小説という一面も持ち合わせている。

 信州の山深い地で、猛吹雪に遭遇した劇団「暗色天幕」のメンバー8人。彼らの前に突如出現した豪奢な屋敷「霧越邸」。彼らは、命からがら「霧越邸」に転がり込む。助かった、と一同は安堵する…が、外界との連絡が絶たれた「霧越邸」で、メンバーたちが次々と殺されていく。死体には、ある法則の下に装飾が施されていた。

 いわゆる「見立て殺人」である。こんなこと実際にする人間がいるのか、「見立て」に何の必然性があるのか、と一笑に付する読者もいるかもしれない。死体に施された装飾にしても、あまりにも芝居じみていると言えないこともない。何しろ彼らは劇団員なのだから。しかし、「霧越邸」という舞台においては、それらは些細な問題でしかない。

 「霧越邸」が持つ不思議な力。この謎めいた屋敷は、「暗色天幕」のメンバーたちに何らかのサインを示す。単にメンバーの名前であったり、次なる犠牲者であったり、時には犯人をほのめかしたりする。サインはことごとく現実のものとなる。

 真犯人の殺害動機を、どのように捕らえればいいのだろう。「霧越邸」という比類なき舞台を前にして、劇団員としての血が騒いだのか? 否、動機など大した問題ではないのかもしれない。ここは「霧越邸」なのだから。事件を起こしたのは、真犯人の意思ではなく、「霧越邸」の意思かもしれないのだから。

 事件は現実の論理によって解明されるが、「霧越邸」の不思議な力の謎は残されたまま終わる。この点についての批判も多いようだ。僕も読み終えて戸惑ったのは事実だ。しかし、これだけは理解したつもりである。綾辻さんが本作に、どれほど情熱を傾けたか。

 ちょっと言葉遊びが過ぎるかなあ、という気もしないでもないが…。



綾辻行人著作リストに戻る