綾辻行人 25


深泥丘奇談


2008/03/08

 綾辻行人さんの比較的早い小説の新刊は、深泥丘という架空の町を舞台とした怪談の連作短編集である。深泥丘に住む本格推理作家の「私」は、ある日眩暈に襲われ「深泥丘病院」に駆け込んだ。それ以来、度々奇妙な体験に出くわすようになる。

 本格推理作家綾辻行人の作品ではあるが、すっきりとした解決を望むならば読むべきではない。これはあくまで怪談である。怪談は謎のままだから怪談なのだ。綾辻さんはホラーを手がけた実績もあり、割り切れない謎が残される作品も例がないことはない。しかし、ここまで謎について何の説明もされないのは、自分が記憶している限り初めてだ。

 各編のパターンはほぼ同じ。体調を崩して深泥丘病院に行く。医師から珍しいイベントの話を聞き、誘われる。妻に話すと、決まって「知らなかったの?」と言われる。わたしより長くこの町に住んでいるくせに…。1編だけを読んでも、「何じゃこりゃ?」以上の感想は言いようがないだろう。実際、最初の「顔」を読んだ時点で、僕は大いに戸惑った。

 ところが、読み進めると各編の謎があんなところやこんなところで繋がっている。順番に読んでこそ意味がある。深泥丘ワールドとでも言うべきだろうか。謎は解明されるどころか深まるばかり。それなのに、全編を通して読むと奇妙に味わい深い。

 特にお薦めなのが「深泥丘魔術団」。かつてこんな悪趣味かつ戦慄のマジックショーがあったであろうか。アンソロジー『川に死体のある風景』(東京創元社刊)に収録された「悪霊憑き」は、唯一本格らしき体裁をしているものの、こんなもん深泥丘の住人じゃなきゃわからん。恐怖の歯科治療は勘弁願いたい。でも送り火は見てみたい。

 繰り返すが、他の各編の存在によってお互いが生きてくる。とはいえ、新人が同じことをやったら怒られるだろうとも思う。たとえ実績のある綾辻行人でも、これで完結だったら許容できたかどうか。この連作はまだ続くそうなので、この先何らかの企みがあることを信じて付き合おうとは思っている。綾辻ファンなら待つのは慣れっこだ。

 語り手の「私」は、ほぼ綾辻さんと等身大の作家らしい。どうか健康第一で…。



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