プリズン・トリック |
〜突っ込み編〜 |
本作の応募時のタイトル『三十九条の過失』とは、憲法39条、一事不再理の原則を指す。殺人罪を危険運転致死傷罪に偽装し、判決を確定させてしまうという逆転の発想には驚かされるが、殺人を交通事故死に見せかけるという偽装がうまくいくのか? 村上と戸田の2人が、どうしても刑務所内で宮崎を殺したいと願う理由は、この一事不再理の原則にあるのだが…2人の心情はわかるようなわからないような。
密室トリックは、刑務所内での殺人を実行したことによる偶然の産物であり、意図したものではなかった。戸田は脱出のために東解放寮の網戸を破り、村上は西解放寮の網戸を破り忘れただけのこと。しかし、成立の前提となる、他人になりすまして刑務所に服役するという計画はかなり非現実的に思える。交通事故やヤクザの抗争などの替え玉出頭というのはよく聞く話だが、少なくとも警察が取り調べた人物と、検察が取り調べた人物が違うということはないだろう。本文を読んだ限りは、村上は本物の石塚満と似ているわけでもないようだ。この程度の確認もしないものなのか?
そして、いかに市原交通刑務所が一般刑務所よりも処遇が緩いとはいえ、まったくのフリーパスということはないだろう。易々と侵入するのみならず、臭化パンクロニウムや硫酸といった薬物を持ち込めるだろうか。共犯者である戸田は、手製の制服で「金線」になりすました後には、宮崎にもなりすましている。こんなことが通用するようなら、処遇が緩いにも程がある。大体、この真相では地の文で嘘を書いていたことになるのだが。
一方、刑務官と警察が、硫酸で顔と指紋を焼かれた遺体と書き置きを発見した時点で、人物の入れ替わりの可能性を疑わないのは間抜けすぎるだろう。おかげで初動捜査は完全に出遅れた。そういえば、『容疑者X』論争において、顔を潰されている時点で死体の入れ替わりを疑って然るべきであるという意見があったが、それはそれ。『容疑者X』はこんなに露骨じゃなかったし、と言い訳しておく。
しかし、これらの疑問は最後に根底からひっくり返される。中島、野田、石塚満、滋野と直接は関係ない人間を多数巻き込んでおきながら、こりゃないだろうよ。それでも、こんなに突っ込む楽しみを与えてくれた著者の遠藤武文さんと、本作を受賞作に選んだ選考委員各氏にはありがとうと言いたい。