藤原伊織 02 | ||
テロリストのパラソル |
本作は、史上初めて江戸川乱歩賞、直木賞同時受賞作となった。率直に言って、さすが両賞同時受賞は伊達じゃない。僕は、これですっかり藤原ファンになった。
主人公は、アルコール中毒の中年バーテンダー、島村圭介。大変失礼ながら、こんな冴えない主人公はなかなかいないだろう。しかし、それは世間をはばかる仮の姿に過ぎなかった。僕程度の若輩には想像もつかない重い十字架を、島村は背負って生きてきたのだ。物語が進むにつれて、島村はこの上もなく魅力的な主人公へと変化していく。
冒頭でいきなり起こる、新宿中央公園での爆弾テロ事件。プロローグも何もあったものじゃない。島村の静かな日常が急転し、彼は容疑者として追われる身となる。爆弾テロの犠牲者の中には、島村のかつての恋人である優子が含まれていた。この冒頭のシーンで、僕は戸惑いつつも一気に引き込まれた。
そんな島村の店に、次々と訪れる人物たち。ヤクザの浅井志郎。死んだかつての恋人の娘、松下塔子。島村も魅力的だが、脇を固める人物たちも実に魅力的だ。特に、浅井は助演男優賞ものだろう。
知性派ヤクザとも言うべき浅井と、島村とのやり取りがとにかく面白い。プロの作家なら誰しも、台詞には気を配るだろう。読者を意識もするだろう。それ故に、時には読んでいて鼻につくこともある。しかし、彼らの台詞には作為のかけらも感じられない。特に気の利いたことを言っているわけではないのに、面白くてたまらない。一体なぜなんだろう。
島村、優子、浅井、塔子、そして真犯人…。それぞれの過去から現在が、徐々に絡み合う。最後に島村と浅井が至った真相は? 決してハッピーエンドとは言えないだろう。しかし、読了後に残されるこの爽快感はどうだ。浅井の台詞を引用するなら、登場人物たちに「背骨が通っている」ことに尽きるだろう。
それにしても、深夜は腹が減るもんだ。島村が作ったホットドッグで、空腹を満たしたい…。