福井晴敏 05


終戦のローレライ


2005/02/22

 初版の二段組上下巻のボリュームに手を出せずにいたのだが、3/5の映画公開を控えて異例の早さで文庫化されることになった。全4巻。少なくとも持ち歩く気にはなれる。

 本作の根幹をなす「ローレライ」システムの正体を始めとして、正直突っ込みどころは多々あるだろうと思う。だが、圧倒的な物語の力を目の当たりにすれば、それらは些細な問題でしかない。せいぜい、伊507に付着したふじつぼ程度のこと。

 本作の力とは何か。それは意思の力。第二次大戦終戦間際という設定上、悲惨なエピソードは避けて通れない。それでも、本作に一貫しているのはあくまで前を向く意思の力。クライマックスが近づくと、伊507の艦内に敗戦国の悲壮さが漂う余地はない。その先にあるべき未来のために。読者である僕は、導かれるままに読み通しただけ。

 簡単に言ってしまうと、密命を帯びて異形の潜水艦「伊507」で出航した乗員たちの物語である。映画化を前提に描かれているだけに、潜水艦による戦闘シーンの迫力は特筆に値する。多少専門用語がわからなくても読み飛ばして構わない。文庫版II巻における米潜水艦との死闘までで、十分に作品になっただろう。だが、これはまだ序章に過ぎない。

 II巻までなら、戦闘シーンがメインの戦記エンターテイメントになっているところだが、本質はまったく異なることがIII巻以降で明らかになる。それぞれの過去を背負いつつ、時には迷いつつ、軍令ではなく自らの意思で決断を下す人間たちを見よ。決して冗長ではない、重厚な人間描写は高村薫さんの作品を彷彿とさせる。これこそが本作の力。人間の意志の力。

 IV巻に至るともう止まらない。米海軍の包囲網に突入する伊507。乗員の意思と艦の意思が完全に一体化し、最後の戦いを挑む様は是非読んで確かめてほしい。

 重箱の隅をつつくようなことはしないで、本作のポイントを考えてみると、やはり一見突拍子もない「ローレライ」システムの設定に尽きる。万能兵器ではないからこそ、そこに弱点を克服しようとする意思の力が介在する余地がある。人間模様に深みが増すと同時に、戦闘シーンの緊迫感も増す。設定を活かす筆力が備わっていてこその好循環だろう。

 物語の中では蛇足に思える終章の意味を、どう捉えるかは読者次第。戦争を知らない世代なりに、便利さに慣れた世代なりに、僕らは前を向いていくしかない。

 至誠に悖(もと)るなかりしか――。



福井晴敏著作リストに戻る