東野圭吾 11


鳥人計画


2000/07/16

 今さらながら、長野冬季五輪の時期に刊行されていたらタイムリーだっただろう。日本ジャンプ陣の活躍は記憶に新しい。本作は、ジャンプ競技を題材にしたスポーツミステリーの秀作だ。

 ジャンプ界期待のホープ、楡井明が殺害された。犯人はほどなくコーチと判明。一体動機は何なのか? その背後には、楡井を巡る驚くべき計画が隠されていた。拘留中のコーチは、密告者を推理する。楡井殺害の真相は…。

 現在では、あらゆるスポーツにおいて科学的トレーニングの導入は常識である。「根性」が幅を利かせるような時代はとっくに終わっている。かつて日本のお家芸と言われたバレーボールや体操は、完全に世界から取り残されている。メンタルな面にまったく問題がないとは言わないが、トレーニング法を根本から見直さざるを得ないのではないか。しかし、それにしてもである。

 本作に描かれるトレーニング法と、それを実践するためのトレーニングマシンには開いた口がふさがらない。いくら科学的トレーニング全盛の現代であっても、ここまではやらないだろうし、非難が集中するのは必至である。選手の人格を無視し、精密機械に仕立て上げようとしているのだから。もちろん本作刊行当時としては、画期的どころの話ではない。

 この大胆な設定は、勝利至上主義に走る現代スポーツに対するアンチテーゼのように感じられてならない。東野さんに先見の明があったと言うべきか。楡井は勝利至上主義の犠牲者と言えるだろう。楡井は純粋にジャンプが好きだっただけなのに…。

 ちなみに、ちょうど本作刊行と時を同じくして、現在主流になっているV字飛行が登場する。そういえば、文庫版の表紙にはV字姿勢をとるジャンパーの写真が使われている。楡井はV字飛行でもっと遠くまで飛べたんだろうな…。



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