東野圭吾 13


ブルータスの心臓


2000/08/02

 技術者の端くれである僕としては、本作には苦笑するしかない。良くも悪くも、本作には技術者という人種の一面が浮き彫りにされているのだから。

 本作の主人公である末長拓也は、産業機器メーカーで人工知能ロボットの開発を手がけるエリート技術者だ。将来を嘱望される彼は、科学至上主義者である。現場の作業者など駒としか考えていない。

 何とも嫌な主人公がいたものであるが、そんな彼がオーナーの末娘の婿養子候補になる。出世街道まっしぐら…と言いたいところだが、恋人の康子が妊娠していた。末長は、共謀して康子の殺害を計画するが、事態は思わぬ展開へ…。

 結局は、人を人とも思わない末長の身から出た錆だろう。彼ら技術者が開発した機械は、作業者から仕事を奪う。一方、数少ない作業者には孤独を強いる。当然、作業者には不満が蓄積されていく。

 高度に自動化された現代の量産ラインだが、作業者、設計者、保守担当者などの人間抜きでは決して稼動しない。人間を機械の部品の一つとしか考えられなかった末長。あまり愉快な言い方ではないが、人間を部品と考えるならこれほど精度が悪い部品はない。取り替えれば済むというもんじゃない。そこに思い至らなかった末長は、つくづく不幸な人間である。

 科学の信奉者である末長にとっては、皮肉と言うしかないエンディングが待ち受けている。絵に描いたような、エリートの転落劇。ある意味では本望だったか…。

 やはり、人と人との繋がりは大事にしないとねえ…などとネットにはまった生活を送りつつ思う僕であった。僕的には、文系理系を問わずにお薦めの一作だ。



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