東野圭吾 18


変身


2000/06/09

 まだまだ例が少ないとはいえ、日本においても臓器移植のニュースをしばしば耳にする御時世である。しかし、僕が知る限り脳移植だけは世界的にも例がない。極秘に行われた例がないとは言い切れないが…。

 本作の主人公である成瀬純一は、不運にも強盗に頭を撃たれ、世界初の脳移植手術を受ける。手術は、「医学的」には成功に終わる。しかし、良く言えば優しく、悪く言えばなよなよした純一の性格が、徐々に変化し始める。ドナーとなった人物の、純一とは正反対の性格が肉体をも支配していく。純一にはなす術がない。

 そんなことある訳ねーだろ、とお思いの方。医学的考証には目をつむって読んでみてほしい。純一の性格が暴力的に変わっていく過程に、鳥肌が立つほどぞくぞくさせられるだろう。結末はどうなるのかより、次はどのように変わってしまうのかが気になる。東野作品としては稀な官能描写にも驚かされる。

 一方で、純一は性格の変化に苦悩する。恋人の恵も苦悩する。心から愛していたはずの恵に対して、アンビバレントな思いを抱かざるを得ない純一。一見乱暴な言動の端々に、純一の苦悩が滲む。こういう微妙な心理描写に、東野さんの筆致が冴える。

 と、ラスト手前までは文句なしに面白いのだが、個人的にはあまりにも予想通りのラストだったので、ちょっとがっかりしたかな。まさかこんな終わり方じゃないだろうなと思っていたら、そのまさかだった…。本作のラストに感動したとの声も聞いたが、本作に限っては、ぶっちぎれたまま終わってしまっても良かったかなと思う。

 純一の暴走とは別に気になったのは、「科学の暴走」である。世界初の脳移植手術を受けた純一は、ぶっちゃけた話実験台に他ならない。脳移植以外に助ける手段がなかったとはいえ、である。移植後のことは知らぬ存ぜぬを貫き通す堂元医師に、怒りと同時に恐怖さえ感じる。

 しかし、いくら医学が日進月歩とはいえ、脳移植だけは実現しないだろう、きっと。



東野圭吾著作リストに戻る