東野圭吾 22


美しき凶器


2000/12/26

 日本人選手の活躍もあって、シドニーオリンピックが国内でも大いに盛り上がったのは記憶に新しい。そんな中、女子体操でルーマニアのラドゥカンが金メダル剥奪の憂き目に遭ったことを、何人の人が覚えているだろうか。

 国際オリンピック委員会は、クリーンな大会をアピールすることに躍起になっていた。報道で知る限り、ラドゥカンが服用した風邪薬に禁止薬物が含まれていたのだという。不運といえば不運だが、しかし…これは氷山の一角ではないのか? 残念ながら、ラドゥカン以外のメダリストは全員潔白だと信じるほど僕は純粋ではない。 

 そこで本作である。安生拓馬、丹羽潤也、日浦有介、佐倉翔子。かつて世界的に活躍した四人のスポーツ選手。彼らには、葬り去らねばならない過去があった。四人は共謀して、彼らの過去を知る仙堂之則を殺害する。すべてはうまく運んだかに思えたが…忍び寄る影が次々と彼らに襲いかかる。

 「美しき凶器」の正体は、読んで確かめてほしい。硬質な筆致から浮かび上がるその美しさには、マリオン・ジョーンズでさえも敵うまい。しかし、マリオン・ジョーンズはまばゆいばかりに輝いていた。「美しき凶器」には、輝きが決定的に欠けている。女性が読んだら目を背けたくなる描写が多いに違いない。ここまでやった実例があるとは、男性の僕とて信じたくないが…。

 東野さんならではの罠もしっかりと用意されており、読み応えは申し分ない。しかし何よりも読者に訴えるのは、「美しき凶器」が発した唯一の言葉だろう。呼び覚まされた、人間としての尊厳。読後に残されるのは、やり切れない思いのみ。

 本作における真の犠牲者は、「美しき凶器」だ。もちろん、スポーツ界がクリーンであることを願いたい。しかし、検査の網をかいくぐろうと企む者は、後を絶たないだろうと思えてならない。オリンピックが金になる限り。嫌になるほど、リアルだ。



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