東野圭吾 58


夢はトリノをかけめぐる


2007/02/19

 早いもので、トリノ冬季五輪から一年。今ごろ本作の感想を書くというのも、遅きに失した感がありありだが…。最初から話がやや逸れるが、ご容赦いただきたい。

 本作を連載していた光文社のスポーツ総合誌「VS.(バーサス)」は、2006年8月号で休刊となった。実態は限りなく廃刊に近いと言える。角川書店の「SPORTS Yeah!」も2006年限りで休刊。最大手である文藝春秋の「Number」でさえ安泰とは言えないのが現状だ。

 スポーツ総合誌の低迷理由を、「スター不在」とする声が多い。冬季競技の場合に当てはめるとどうだろう。現在のフィギュアスケートの人気は、荒川静香や浅田真央などのスターの存在に支えられていると言える。あの金メダルは冬季競技全体を救ったのだ。

 本作は、東野さんの愛猫「夢吉」がなぜか人間になり、冬季競技の団体を訪ね、トリノ冬季五輪を観戦した記録を擬似エッセイ(?)としてまとめたものである。冬季競技が置かれた知られざる現状は、色々と考えさせられる。メダルの数だけ話題にするのは簡単だ。東野ファン以外にはあまり売れなかっただろうが、東野ファンが読んだだけでも意味はある。

 例えばジャンプは世代交代に失敗したとされる。しかし、競技人口が多い野球やサッカーの世代交代とはわけが違うのである。フィギュアは黄金時代になりつつあるが、我が世の春を謳歌しているだけかもしれないのである。しかし、悲観することばかりでもない。

 最後の分析にはなかなか唸らされる。入賞だって大変なことなんだ。本作の大部分をトリノ冬季五輪の観戦記が占めるが、色々な競技団体を訪ねる部分をもっと読みたかったと個人的には思う。ドイツW杯で惨敗しても注目してもらえるサッカーは幸せだぞ。

 「VS.」で連載していた、アルペンスキーヤーが主人公の『フェイク』は、「小説宝石」で連載が再開された。思わぬ形であおりを食ったが、東野ファンとしては一安心である。

 それにしても、ノルディック複合という競技を世に知らしめた荻原健司や、「イナバウアー」を流行語にまでした荒川静香はつくづく偉大だと思う。



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