五十嵐貴久 02 | ||
交渉人 |
五十嵐貴久という作家はかなり多様な作風で知られているらしい。本作の文庫版解説に詳しいが、デビューから最初の4作は見事にバラバラ。本作はデビュー2作目として刊行され、五十嵐さんの作品としてもベストセラーと言われている。
ハリウッド映画などでは比較的よく描かれる、交渉人という職務。人質を取って立て籠もる犯人を相手に、言葉巧みに誘導、懐柔していく。刊行当時、日本を舞台に本格的な交渉人を描く例はなかっただろう。それでも、エンターテイメントを取り巻く情勢は刻一刻と変わっている。過大な期待を抱いて読み始めたわけではなかったことを告白しておく。
特殊捜査班に配属された遠野麻衣子が研修を受けているシーンから始まるエピローグ。麻衣子は講師役の石田修平警視正に思いを寄せていた。ところが、麻衣子は所轄署の経理課に異動を命じられる。麻衣子と石田が不倫をしているという噂を流されたのだ。それから2年、異動や昇進の望みもなく伝票処理に明け暮れる麻衣子だったが…。
序盤は、交渉人石田の沈着冷静さとリアリティに裏打ちされた緊迫感に、ぐいぐいと引き込まれる。日本を舞台にしてもこんな作品が書けるのか。現場重視の石田警視正と、本庁が主導すべきと考える金本参事官。人間模様の面でも読みどころが多い。
ところが、徐々に期待感よりも違和感が膨らんでくる。詳しくは書けないが、特定の箇所に違和感を感じたのではなく、全体的な印象に違和感を感じる。クライマックスの追跡行が始まると、違和感はほぼ確信に変わった。真相に至ると、案の定であった。
そもそも、警察組織で干されていた麻衣子を、急に引っ張り出した時点で無理があった。こういう構成にするとやむを得ない面があるものの、主人公のはずの麻衣子の存在感は弱い。あまりに受け答えが教科書的なのは、「交渉人」だからなのか。
動機の面は、社会的テーマをはらんでいるのは興味深いが、ネタ以上にはなっていない。この分野専門の作品は数多いのだから。文句ばかりで申し訳ない。
中盤までの求心力が高いだけに、惜しい作品だ。なお、本作には『交渉人・遠野麻衣子最後の事件』という続編がある。より込み入った事件を描くようだが…。