飯嶋和一 04


始祖鳥記


2002/11/21

 2001年版『このミス』の結果を見るまで、飯嶋和一という寡作家の名は知らなかった。その評判を記憶に留めていた本作が、この度小学館文庫として刊行された。

 三部から構成される本作の第二部だけを抜き出せば、天明期の江戸幕府の悪政に立ち向かう男たちという至って明快な物語である。現代日本にもそのまま当てはまる、幕府と一部豪商の癒着の構図。その流通機構を崩すべく、命を賭して奔走する下総行徳の地廻り塩問屋、巴屋伊兵衛。それに共感する諸国廻船の船頭、源太郎。

 つい最近まで、塩の流通を牛耳る専売公社なる組織が存在していたのを思い出した。第二部を読んでいると、なるほど「読む者に強い勇気を与える」小説…もっと正確には「読む者が溜飲を下げる」小説だ。不況風が身に染みる昨今だけになおさらである。幕府を現政府に置き換えて、誰もが快哉を叫ぶだろう。

 では、伊兵衛や源太郎といった男たちを悪政に対する蜂起へと奮い立たせた理由は何か。そこで第一部、第三部が意味を為してくる。高い技術を有する表具師幸吉は、少年の頃からの夢が忘れられず、手製の凧で試験飛行を繰り返していた。いつしかその姿は、腐敗した権力者に対する民衆の憤懣と結びついてしまう。

 噂が一人歩きし、悪政を糾弾した英雄へと姿を変えていく。幸吉の個人的行為が、結果として伊兵衛や源太郎たちを奮い立たせる。それが第二部までの構図である。そしていよいよ第三部を迎えるのだが…。

 第二部における幸吉の影の薄さは、意図的なものであるのは理解できる。世の中を変えたいなんて気持ちは微塵もなくて、ただ自分が自分であるために飛びたかった幸吉。だがしかし…クライマックスであるはずの第三部は、僕には付け足し以上に感じられなかった。それほど第二部が面白かったのだ。

 断っておくが優れた作品であるのは間違いない。色々な読み方ができるということであり、ここで述べたのは僕の私見に過ぎない。幕府に対抗する伊兵衛や源太郎と、己の夢を追う幸吉。一つ言えるのは、初志貫徹した男たちの物語であるということだ。



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