稲見一良 05


男は旗


2001/03/20

 稲見一良さんの生前に刊行された作品としては、本作が最後となった。

 海に浮かぶホテルとして第二の人生を送っていた客船シリウス号が、経営難から売却されることになった。しかし、心優しきアウトローたちは、売却当日にシリウス号を出航させた。いざ、古地図に記された宝の島へ…。

 内容からしてまるっきりの童話である。しかし、誰にでも書ける作品ではないのも確か。停泊したままの船のホテルをもう一度出航させたい。そんな発想が浮かぶ大人はなかなかいない。少年の心なくして、書ける作品ではない。

 文庫版解説によれば、シリウス号のモデルになったのは、実在する船のホテルとのこと。その名もフローティングホテル・スカンジナビア。ここに勤務する安楽さんという方が解説を書いているのだが、作中にも安楽さんというリーダー格の人物が登場する。こういうエピソードからも、稲見一良という作家の遊び心がうかがえる。

 一方、童話と言ってしまうには厳しい面も持っている。敵に対する容赦のなさは、ちょっと引っかかる。このような断固とした姿勢は以前の作品にも見られたのだが、本作においては特に際立って感じられる。深読みかもしれないが、「男は強くあるべし」を徹底しているところが稲見さんの闘病の姿を連想させて、痛快さを通り越して痛々しい。

 もっと深読みすることもできる。本作の内容自体が稲見さんの出航を象徴しているようでもあり、俺はまだまだ書くんだ、書きたいんだ、という叫びのようでもある。ご自身をモデルにしたとしか思えない人物まで登場するのだから。

 本作以降も短編集が二作刊行されているが、本作が最後の作品にならなかったのは幸いだったと思う。最後の作品としては、色々な意味で生々しいから。



稲見一良著作リストに戻る