井上夢人 07


メドゥサ、鏡をごらん


2000/08/22

 ミステリーと言うべきか、サイコホラーと言うべきか、何とも分類に困る作品である。ノベルス版の帯には、黒地に白字で「呪いの書」と書かれている。僕は呪いなど信じない。しかし、僕は抗えなかった。一気に読ませようとする、見えざる力に。

 最初のページを開いて、おやと思った。なぜか太字フォントで印刷されている。ぱらぱらとめくってみると他のページも太字フォントである。特に理由はないのかなあと思って読み進めると、あるところから通常フォントに戻る。太字フォントには大きな意味があった。

 《メドゥサを見た》と書き残し、自らを石像に封じ込めた作家、藤井陽造。陽造の娘である菜名子の婚約者は、陽造が残した日記を手掛かりに、異様な死に至る足どりを追う。そんな彼の周囲で、不可解な現象が起きる。

 何て残酷なタイトルなのだろう…。ご存知の方も多いと思うが、「メドゥサ」とはギリシア神話に登場する、髪の毛を無数の蛇に変えられた怪物である。その姿を目にした者は、石になってしまうという。ペルセウスは、鏡を利用してメドゥサを退治する。

 その意味が徐々に明らかになるにつれて、読むペースがどんどん上がる。嫌な予感が頭をよぎる。それなのに、ページをめくる手が止まらない。やがて、烈火のごとき怒りが、悲しみが、読者の胸を切り裂く。

「おまえたちみんな死んでしまえ」

 本作の主人公じゃなくても、この仕打ちはひどいと思うだろう。だが、彼も僕も、結局は好奇心に勝てなかった。メドゥサの逆鱗に触れてしまった。後悔しても、もう遅い。

 最後は何となく読めてしまったかな。あのことやあのことについて何の説明もないのはちょっと不満である。触れてはならぬものに触れたのだ、と言われればそれまでだが。でも、これだけは断言しよう。最初のページを開いたら…もう最後だ。



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