伊坂幸太郎 09


魔王


2005/10/24

 毎回趣向を凝らす伊坂作品、今回の主人公は魔王ときたか。嘘です。『魔王』といえば音楽鑑賞の時間に腹を抱えて笑った歌曲を思い出すが、その『魔王』だったのね。

 先の衆院選における小泉自民党の歴史的大勝の直後に刊行されたのは、何とまあタイムリーなことか。今だから言えるが、僕は民主党に投票した。理由は自民党以外に入れたかったというだけだ。民主党が勝つなどとは最初から思っていなかったが、あそこまでの大敗を喫するとも思っていなかった。自民党に入れた人でも予想できたか。

 未来党の若き党首にして、五・一五事件で暗殺された第29代内閣総理大臣と同じ姓を持つ男。犬養の主張は、小泉純一郎が足元にも及ばないほどストレート。戦後歴代政権が決して表立って口にしなかった米国批判は、ほんの序の口。彼は宮沢賢治の詩を好む。

諸君はこの颯爽たる
諸君の未来圏から吹いて来る
透明な清潔な風を感じないのか

 賢治と同じ岩手県出身のくせに僕はこの詩を知らなかったが、犬養のような政治家が登場したら、心を奪われるのではないか。実際、挑発的な内容には溜飲が下がる部分が多いのだ。しかし、犬養が導く未来は正しいのだろうか? 犬養こそ『魔王』ではないか?

 帯に書かれている通り、本作は世の中の流れに立ち向かおうとした兄弟の物語だ。前半「魔王」では兄が、後半「呼吸」では弟が、それぞれの特異な能力を駆使して犬養に挑む。日本を変えてやるなどと大それたことを考えたわけではない。ただ疑問を感じたから。そう、疑問を感じることからすべては始まる。僕はクラレッタのスカートを直せるだろうか。

 これはあくまでもエンターテイメントであることには注意したい。伊坂さんご自身の政治的思想が反映されたものではない。いつもの伊坂作品らしいユーモアとエスプリは本作でも生きている。それでも、本作が読者に投げかけるものは軽くはない。

 晴天に恵まれた10月23日は、参院神奈川補選の投票がひっそりと行われていた。衆院選とは打って変わり、閑散とした投票所。考えろ考えろマクガイバー。考えなきゃ。



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