伊坂幸太郎 14


ゴールデンスランバー


2007/12/15

 伊坂幸太郎さんの久しぶりの長編作品である。個人的に、最近の伊坂作品には苦言を呈してきた。本作は現時点での伊坂幸太郎の集大成と言うべき傑作だ。

 ビートルズのファンなら、『ゴールデンスランバー』というタイトルにピンときただろう。このタイトルは、ビートルズのアルバム"Abbey Road"に収録されている"Golden Slumbers"から取られている。しかし、子守唄に基づいた歌詞とは裏腹な展開を見せる。

 仙台市で行われた金田新首相の凱旋パレードの最中に、ラジコンヘリによる爆破事件が発生した。前代未聞の白昼の首相暗殺に色めき立つ、市民、マスコミ、警察。容疑者として名指しされた青柳雅春は、自らに着せられた濡れ衣を晴らすため、逃亡するのだが…。

 という唐突なオープニング。なぜ自分なのか? 警察は有無を言わさず、「証拠は挙がっている」と言う。マスコミも青柳が犯人だという結論ありきで特集番組を流す。ネット社会の現代でもマスコミの影響力は強大だ。松本サリン事件で犯人扱いされた男性を思い出す。

 市内各所に設置されたセキュリティポッドが、あらゆる画像や音声を拾う。通話は傍受される。もはやプライバシーという概念はない。現実に繁華街に多数の監視カメラが設置されているのだから、決して絵空事とは言えない。いきなり発砲するのはやりすぎだとしても。

 本作が優れているのは、そうした予見的内容を含みながらも悲壮感を漂わせず読ませる点にある。青柳は伊坂作品の登場人物としては至って地味。しかし、報道に流されない味方がいる。青柳を知るかつての仲間たちが手を差し伸べる。青柳は一人ではない。

 特に、青柳のかつての彼女が見せた行動力には胸を打たれる。学生時代のエピソードは、しっかり伏線になっていたのである。時には見知らぬ人の激励を受ける。ある若者たちとの交流シーンは考えさせられる。僕自身、彼らを色眼鏡で見てはいないか。

 クライマックスにあんな仕掛けがあるとは読めなかった。あまりの馬鹿馬鹿しさに口元が緩む。エピローグがこれまた心憎い。あらゆる人物、あらゆるエピソードが伏線になっていることに、読み終えて気づかされるのだった。青柳の今後に幸あれ。



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