伊藤計劃 01 | ||
虐殺器官 |
伊藤計劃という作家を知ったのは、本作『虐殺器官』の文庫版が書店に平積みされていたから。伊藤さんは長編3編と短編数編を残し、わずか34歳で死去した。
舞台は近未来。9.11以降、終わりなきテロとの戦いに明け暮れてきた米国と先進諸国。徹底した管理体制に移行した結果、先進諸国でテロが一掃された一方、後進諸国では内戦や大規模虐殺が急増。混乱の陰には、常にある男が存在しているらしい。
テクノロジーの進化は頭打ちし、従来軍隊が担ってきた業務が、多岐にわたって民間に委託される時代。それでも、どうしても人手に頼らざるを得ない局面がある。暗殺である。主人公の米軍大尉クラヴィス・シェパードは、暗殺専門部隊に所属する。キリスト教国家の米国にあって、無宗教を自認するシェパード。彼は誰かに罰してほしかった。
序盤から、無残な虐殺死体の描写に圧倒される。また、様々な近未来のガジェットが登場するが、それらは決して本質ではない。SFだからと敬遠はしないでほしい。
シェパードたちの部隊が何度も取り逃がし、世界各地で内戦や大虐殺を主導したとされるジョン・ポール。彼が短期間に一国を混乱に陥れた手段の実現性はともかく、ここに描かれた未来を、果たして絵空事と一笑に付せるだろうか。
本作はSFの傑作とされているが、ミステリー的要素もある。僕自身はサイコサスペンスとして読んだ。ジョン・ポールとの戦いを通じ、煩悶するシェパード。任務であれば、子供を殺すことも厭わない。そうしなければ、自分が死ぬ。そんなシェパードだが、何度も何度も母の夢を見る。夢から覚める度に、罰してほしい思いは募る。
ジョン・ポールが語る、先進国側の身勝手な理屈。だが、今現在も、先進諸国は身勝手な理屈の下に繁栄を謳歌している。僕を含め多くの人も、為政者も、そのことを理解している。しかし、決して表立って口にしない。自分たちの生活が大事だから。
本作の真の衝撃は、エピローグにある。シェパードが最後に選んだ道とは。著者が若くして亡くなったという話題性だけで、本作を語るべきではないだろう。伊藤計劃は、古処誠二とは違った観点から戦争に真摯に向き合ったのだから。