海堂 尊 05


ブラックペアン1988


2009/12/29

 また文庫は分冊かよ…というのはともかく、本作は海堂尊作品の中でも、エンターテイメント色が薄い硬派な医学小説に仕上がっている。

 良くも悪くも海堂作品を象徴するキャラクターと言える白鳥は登場しない。というのも、時代はバチスタ・スキャンダルの20年前。現在の東城大学医学部付属病院を支える医師・看護師たちの名前に、固定ファンならにやりとするだろう。何より、現病院長の高階が講師として帝華大学からやって来るのが注目される。秘密兵器を片手に。

 『白い巨塔』ほど極端に描いてはいないが、いわゆる医局制度が背景にある。総合外科学教室のトップに君臨する佐伯教授。その権限は絶大だが、なぜか曲者の外科医・渡海には強く当たれないらしい。そこにビッグマウス高階が加わり…。

 高度医療の恩恵を多くの患者が受けられるようにすべきという、高階の主張は理解できる。彼が持ち込んだ秘密兵器は、技量不足を補うためのものだ。これに対し、技術至上主義の渡海は対抗意識をむき出しにする。この対立の構図が1つのポイントである。高階自身の技量は確かなものであることは付け加えておこう。

 カンファレンスには出ない、時間外勤務はしないという不良外科医の渡海だが、癌告知における一見乱暴な言葉は、正鵠を射ているように思える。語り手を務める1年目の研修医世良も、徐々にこの型破りな外科医に惹き込まれていく。

 そして佐伯教授。権力の権化かと思いきや、論文よりも現場を重視するなど医師としての強い信念も感じさせる。高階に荒療治で冷や水を浴びせるシーンは、世良の存在感が一気に高まるという点でも印象的だ。医療の原点が問われている。

 そんな渡海と佐伯の因縁とは。クライマックスの手術シーンで、佐伯は一枚も二枚も役者が上だったことを突き付けられる、渡海と高階。よく聞く事例だと思ったら、こんな裏があったとは。タイトルに込められた意味が、ようやく明らかになる。

 ところで、渡海のショック療法によって世良は成長したが、学生だった田口には刺激が強すぎたらしい。不定愁訴外来の万年講師、田口の原点はこれだったのか。



海堂尊著作リストに戻る