海堂 尊 06


夢見る黄金地球儀


2009/10/27

 現役医師ながら旺盛な執筆活動を続けている海堂尊さんの、唯一の医学に関係ない作品である。とはいえ、舞台は桜宮市だし、あんな人やこんな人も登場する。

 1988年、当時の竹下内閣が大盤振る舞いした「ふるさと創生一億円」を覚えているだろうか。桜宮市では『黄金地球儀』を制作し、桜宮水族館に展示することになった。実は、黄金地球儀と呼ぶには少々しょぼい代物なのだが、なぜかは書けない。

 それから四半世紀後の2013年。物理学者の夢をあきらめ、家業の町工場で営業をしていた平沼平介の前に、ガラスのジョーこと久光穣治が8年ぶりに現れた。ガラスのジョーは、水族館に安置されたままの黄金地球儀を強奪しようと言うのだが…。

 ジャンルとしてはクライム・コメディということになるか。桜宮サーガに触れたことがない読者でも、特に支障なく単独作品として読めるだろう。しかし、本作が初めて読む海堂尊作品だとしたら、おそらく「くどい」という印象を受けるのではないか。

 たとえて言うなら、地の文から何からすべてが白鳥の長広舌のようなもの。とにかく文章がくどい。海堂作品のファンなら違和感を感じないだろうが、初心者は戸惑うよなあ。いきなり金という元素(Au)の起源から話が始まるとは、僕でも思わない。

 強奪計画そのものは、創意工夫に溢れて面白いと思う。予定外のアクシデントもお約束だ。しかし、よく長編に膨らませたなあと苦笑した。無駄を省いたら100pくらいに収まってしまうのではないか。無駄の部分に海堂作品としての個性があるのだけど。

 最も興味深いのは、この計画を可能にする平沼鉄工所の技術力だろう。世界中から引き合いがありそうな技術が、町工場に揃っている。平介の父、豪介はネーミングセンスはないが発想はすごい。日本のものづくりも捨てたものじゃない。本当だったら。

 エピローグはなかなか心憎いじゃない。本作はきっと科学者へのエールなんだ。勝手にそう思い込むことにしよう。ネタに触れすぎの文庫版解説はいただけない。



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