海堂 尊 29


ガンコロリン


2013/12/02

 海堂尊さんの新刊は、異色の作品集と言える。全5編、すべて医学をテーマにしているが、完全な架空の世界を描いた3編の間に、桜宮サーガに連なる現実世界を描いた2編を挟んでいるという構成である。「架空」の3編をどう評価するか。

 架空作品その1。「健康増進モデル事業」に選ばれた青年。元凶は理不尽な職場環境にありと結論づけられ、どうなったかというと…。このモデルに選ばれたい雇われ人は、数多いのではないだろうか。真面目な人ほど心身を病んでしまうこの世の中を思えば、真剣に考えてほしかったり。何もかも架空の世界とは流せない。

 現実作品その1。「緑剥樹の下で」。舞台は某国の紛争地帯。いわば桜宮サーガのプロローグとも言うべき1編。それ以上言うことはない。

 架空作品その2。人類の夢、癌の特効薬にして予防薬が発明された。その名も「ガンコロリン」。……。ネーミングセンスはどうかと思うが。もはや癌は人類の死因リストから抹消寸前。ところが、いいことずくめかと思いきや、そんな盲点が…。描写が極端とはいえ、医学や薬学とはいたちごっこな学問だよなあ。

 現実作品その2。「被災地の空へ」というタイトルからわかる通り、震災がテーマだが、被災地そのものの描写はほとんどないのがポイント。派遣されてきたあの男に、地元みちのく県の医師の言葉が突き刺さる。訛り交じりの指摘は、的確にして重かった。

 架空作品その3。「ランクA病院の愉悦」はTPP交渉後という設定であり、100%笑い流せない。国民皆保険は守ると与党は言うが…。海堂さんも繰り返し述べている通り、現状の医療体制がもはや限界であるのも事実。このテーマで真面目に書いたら、十分長編になりそう。一見おちゃらけたこの短編が、架空作品のままであることを祈るのみ。

 桜宮サーガが一段落し、今後の方向性を占う上で注目していた作品集だが、海堂さんが創作意欲を失っていないことが確認できてよかった。海堂さんが現役医師として、作家としてなすべき仕事はまだまだある。



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