金城一紀 06


映画篇


2007/08/03

 最後に映画館に行ったのがいつか思い出せないほど、映画はとんとご無沙汰である。一時は毎週のように映画館に通っていたものだが、興味が次第に読書に移り、足が遠のいた。映像がすごければすごいほど、予告編だけで十分だと思ってしまう。

 金城一紀さんの久々の新刊は、映画をモチーフにした作品集である。作中に出てくる多くの映画のうち、僕が観たことがあるのは少数であり、タイトルしか知らないものやまったく知らないものがほとんどである。知らなくても支障はまったくない。だが、読み終わると映画を見たくなる。小説でありながら、映画の魅力がぎゅっと詰まっている。

 オープニングを飾る「太陽がいっぱい」は、自伝的な内容だ。語り手は在日朝鮮人の青年で、日本の高校・大学を卒業し、作家になった。これはまるで…。かつて映画を語り合った友の、過去、現在、未来。映画には映画の、小説には小説の力がある。

 今こそ「ドラゴン怒りの鉄拳」を振り下ろせ。いきなり夫が自殺するという展開にひるむな。彼女を救ったのは映画の力か、それとも…。夫から妻へ、正義は託された。それにしても、この作中作見てえー! 小説だからこそ映画のようなロマンスを、「恋のためらい/フランキーとジョニー もしくは トゥルー・ロマンス」。心に傷を持つ二人の逃避行の結末は。法律も社会通念もクソ食らえ。これは小説なんだ。自由なんだ。

 黒いバイクに黒いスーツ。「ペイルライダー」が胸に秘めた決意。映画好きのユウちゃんが知ってはいけない。クライマックスに渦巻く悲しみと怒り。ほとばしる負のエネルギーを受け止めろ。これももまた小説の力。最後を飾る「愛の泉」。愛とは夫婦の愛であり、一族の愛である。家庭からビデオテープが消え去り、DVDが主流になっても残したいものがある。映画を見たくなると同時に、見てほしくなる。心憎い1編で幕を閉じる。

 小説の力と映画の力を併せ持つ本作は、各編が共通の事件や人物や場所でリンクし合っている。詳しくは読んで確かめていただくとして、一つだけ共通のキーワードを挙げておく。映画『ローマの休日』。タイトルとオードリー・ヘプバーンの名前くらいは誰でも聞いたことがあるだろう。この機会に見てみようかな。『太陽がいっぱい』と一緒に。



金城一紀著作リストに戻る