北村 薫 08


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2000/05/09

 本作は、北村作品の中でも素直に読めた作品である。

 最初の舞台は、僕が生まれる前の昭和40年。主人公は17歳の高校生、一ノ瀬真理子。大雨で運動会が中止となった9月のある日の夕方、帰宅した真理子はレコードをかけたまま目を閉じる。そして…目覚めたのは25年後の世界。心は17歳のまま、体は42歳の桜木真理子。職業は高校の国語の教師。美也子という「同い年」の娘までいる。

 心だけが25年の歳月をタイムスリップする。似たような話を時々テレビなどで見かけるが、僕はその手の話は信じない。しかし、42歳の肉体と17歳の無垢な心を持つ真理子の視点で描かれる物語は、切実なまでのリアリティに満ちている。

 鏡の前に立つことに恐れをなす、「17歳」の真理子。残酷な事実が、真理子に立ちはだかる。しかし、真理子はただ悲嘆に暮れて立ち止まったままではいない。真理子は前に進む。「17歳」の心を持った、「42歳」の国語教師として。

 本作のテーマの一つとして、25年間という時の狭間で揺れ動く17歳の心が挙げられるだろう。男女に関わらず、心だけが四半世紀もタイムスリップしてしまったら、そのショックは計り知れない。しかし、学園ドラマというもう一つの側面を、大きな魅力として挙げないわけにはいかないだろう。

 本作で描かれる学園の物語は、「金八先生」のように予定調和的な話とは違う。誰もが過ごしたであろう、ごく普通で懐かしい高校時代そのままだ。高校時代の記憶などかなり薄れている僕にも、その情景が目に浮かぶようだった。北村さんご自身が教壇に立っておられた経験が、十二分に活かされたのに違いない。今時の高校なんて荒れ放題じゃないかなどというケチなことは、この際言いっこなしにしようじゃないか。

 同年代の生徒たちとの触れ合いに、「17歳」の心の葛藤が織り交ぜられながら物語は進み、幕を閉じる。本作は、老若男女を問わずに、きっと訴えるものがあるだろう。



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