北村 薫 16


月の砂漠をさばさばと


2009/08/11

 本作の文庫化に当たり、初版に収録されたおーなり由子さんのカラーイラストがそのまま掲載されることになった。そのためか、通常の新潮文庫とは紙質が異なっている。本作はイラストが単なる挿絵以上の意味を持つので、共著として扱うべきかもしれない。

 9歳のさきちゃんと作家のお母さんの日常を描いた、全12編。字も行間も大きいので、すぐ読み終わる。普通に心温まる作品集として読むこともできる。だが、さきちゃんの家は母子家庭である。一見平易な文章に、母子家庭の複雑な事情が垣間見える。

 お父さんとは死別したのか、離婚したのか、本文には一切明記されていない。「くまの名前」や、作中唯一お父さんのことに触れている「ふわふわの綿菓子」では、姓が変わるということのデリケートさを、否応なしに意識させられる。9歳のさきちゃんなりに、何かを察し、お母さんを気遣っているのがうかがえる。

 全体を通して気になる点がある。さきちゃんはいつでもお母さんと一緒。夜寝るときは、作家のお母さんがお話を聞かせてくれる。9歳といえば小学3年生。生意気な口の一つも利く年齢である。その割にはお母さんにべったりのような気がするのは僕だけだろうか。強い愛情の裏に、何だか歪んだものを感じてしまう。まったく嫌な読者だな。

 そんな僕でも素直に切ないなあと感じた1編が、「猫が飼いたい」である。さきちゃんの家は賃貸らしく、ペットは飼えない決まりだ。一旦は突き放すお母さんだが…。猫好きならば、結末に感じるものがあるだろう。ああ、猫が飼いたい…。

 母娘の愛の物語には違いないが、母子家庭にスポットを当てている点を高く評価したい。生々しさを和らげてくれるのがおーなり由子さんのカラーイラストである。CGには出せない、手描きの水彩画の優しいタッチ。文章だけにしなかったのは正解だろう。

 2人の小さな幸せが壊れないことを、ただ願うのみ。



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