北村 薫 17 | ||
盤上の敵 |
僕が最初に読んだ北村作品である。今にして思えば、悪役らしい悪役が登場する唯一の作品であり、それまでの作風からは想像もできない異色作であった。最初に読む北村作品として適当だったのかどうかはともかく、これは見事にやられた。本作はミステリーとして秀逸であるのはもちろんだが、一方で壮絶なラブ・ストーリーでもある。
中堅の番組プロダクションに勤務するディレクター、末永純一。ある日彼が帰宅すると、家は警察関係者に取り囲まれていた。彼の家には、猟銃を所持した凶悪犯が篭城していたのだ。最愛の妻友貴子のため、彼は凶悪犯石割に戦いを挑む。
ひたすらに無垢なる「白のクイーン」の魂と、それを破壊しようとする邪悪なる魂。その執念は、一体どこから湧き上がるのか。小説の中のキャラクターに、これほどまでの嫌悪感を感じたのは初めてだ。しかも、それを北村作品で味わうとは…。「白のクイーン」が語る生い立ちは、正直に言って読むのが辛かった。
「白のキング」純一の行為は犯罪には違いない。しかし、彼の決死の行為には敢えて敬意を表したい。「白のクイーン」の無垢なる魂を、汚されるわけにはいかなかった。最初は、一体何を考えているんだこの男は、と思いながら読んでいたのだが。
遅かれ早かれ、純一は法の裁きを受けることになるだろう。だが、決して真実を語ることはあるまい。何年かかってもいい。必ず友貴子のもとに帰って来てほしい。「白のクイーン」には「白のキング」が必要なのだから。「白のクイーン」を救えるのは、「白のキング」だけなのだから。
邪悪なる者どもは、北村作品から排除されなければならない。何だかんだで、本作は北村流本格ミステリーを象徴しているのでないか。岩手県出身の僕としては、友貴子の最後の言葉が胸を打った。