北村 薫 20


街の灯


2003/02/17

 北村薫さんの久しぶりの小説作品は、本格ミステリ・マスターズ(文藝春秋刊)のラインナップの一冊として刊行された。新シリーズのスタートである。

 舞台は昭和初期の東京。主人公の英子は、士族出身の上流家庭花村家の令嬢である。好奇心旺盛にして活発。一方、「円紫師匠と私」シリーズの主人公、名前も明かされない「私」は、普通の家庭に育ち絵に描いたように純粋無垢。実に対照的な設定だ。

 花村家に雇われた新しい運転手は、女性だった。彼女の名は別宮(べっく)みつ子。英子は小説のヒロインの名にちなみ、彼女をベッキーさんと呼ぶ。英子が「私」で、ベッキーさんが円紫師匠に当たると考えていただければいいだろうか。

 本シリーズは、英子とベッキーさんが遭遇する不思議な事件を描いているのだが、謎もさることながら当時の時代背景や世俗、上流社会の描写が興味深い。令嬢である英子の学友は当然皆令嬢ばかり。しかし、そこには厳然とした家格の差が存在するのだ。

 オープニングを飾る「虚栄の市」で、いきなり英子は殺人事件の謎解きに挑む。ヒントになったのは江戸川乱歩のある作品。当時、良家のご令嬢が手にするなどもってのほか。花村家の開かれた家風がうかがえる。いや、もちろんばれたらまずいが…。

 続く「銀座八丁」では、英子は桐原侯爵家の麗子様から招待を受ける。家格は花村家よりはるかに上。さて、その目的は…。詳しくは書かないが、ベッキーさんの謎めいた人物像が注目される一編。むう、只者ではない。メインの謎は…解けるかこんなもん。

 表題作「街の灯」は、本作中最も本格らしい一編だが、何不自由なく優雅に暮らす令嬢たちが、ただの世間知らずではない一面を見せることに注目したい。自身の境遇を見つめる冷ややかな目線。恵まれているのは自覚している。だから捨てられない。

 やがて時代は混迷へと向かうことを、英子たちは知るまい。今後の展開が楽しみだ。



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