今野 敏 I-01


隠蔽捜査


2009/03/15

 今野敏さんが近年警察小説の旗手と目されるようになったのは、本作が第27回吉川英治文学新人賞を受賞したことが大きいと思われる。確かに警察小説なのだが…。

 現場対キャリアという構図はよくあるパターンだが、本作は一線を画している。主要な登場人物は熾烈な出世競争を勝ち抜いたキャリアばかり。ここに描かれるのは現場って何? という世界。キャリアの、キャリアによる、キャリアのための警察小説なのである。

 警察庁長官官房の総務課長である竜崎伸也は、序盤から「東大以外は大学ではない」と言ってのける。有名私大に合格した息子に入学を許さず、浪人をさせる。ここまで読者に喧嘩を売る主人公はなかなかいない。一方、自分の仕事は国家を守るために身を捧げることだと信じて疑わず、エリート集団の中でも変人扱いされている。

 竜崎という男の辞書に、「融通を利かせる」という言葉はない。本作は、簡単に言ってしまえば竜崎が筋を通す話である。警察官僚の世界に限らず、筋を通せば何かと角が立つ。組織に生きる者なら誰にでも経験があるだろう。だからこそ、あくまで正論を押し通し一歩も引かない竜崎が、読者の中で徐々に魅力的な主人公に変わっていく。

 警察官僚になるために生まれたような竜崎とて、人間であるから迷わないわけではない。竜崎は2つの事件の幕引きを迫られるが、1つは警察機構を揺るがす問題であり、もう1つは家族の問題なのだ。だが、最後には筋を通した。結果的に警察機構を救った英雄になった竜崎だが、おそらく彼自身は当然のことをしたまでとしか考えていない。

 竜崎の警察庁の同期であり、唯一の私大卒である伊丹との関係も読みどころ。小学校時代に伊丹にいじめられたことを、竜崎は鮮明に覚えている。警視庁刑事部長として、より現場に近い(竜崎よりはだが)立場にいる伊丹に対し、優越感と劣等感の間で揺れる竜崎。容易に気を許せないキャリアの世界にあって、やっぱりこの2人はいいコンビだ。

 何だか最後はきれいにまとまりすぎな気もするが、読後感は実に爽快。これほど濃密でありながら、長すぎない点も素晴らしい。こんな男が1人はいてもいいよね。



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