今野 敏 I-04

初陣

隠蔽捜査3.5

2013/02/07

 隠蔽捜査シリーズ初の短編集であり、竜崎と同期で警視庁刑事部長の伊丹の視点で描かれる。過去の長編3作品を読む限り、伊丹という人物はくよくよ悩むタイプではないと思っていた。常に原理原則を貫く竜崎でさえ悩むのに、伊丹はどこか泰然としていた。

 ところが、キャリアの多くが東大法学部卒の中、伊丹は私大卒であることを大きなハンデと認識していた。それだけに、殊更に現場で指揮を執ることに拘り、殊更に周囲に気を遣い、マスコミには庶民派を演じてきた。それが自らの生きる道と信じて。

 警視庁へ異動直前、福島県警時代を描いた「指揮」。最後まで陣頭指揮を執る伊丹に、後任の典型的キャリアは冷ややか…。「初陣」。警視庁刑事部長に着任して早々の大問題。下手すると首が飛ぶ不安に、苛まれる伊丹…。「休暇」。せっかく温泉に来たのに、願いも空しく事件発生。現場が竜崎が署長を務める大森署の管内だったために…。

 「懲戒」。選挙違反のもみ消し疑惑に対し、警務部長は伊丹に処分を丸投げしてきた。さらには大物からの圧力…。「病欠」。捜査本部を設置しようにも、捜査員の多くがインフルエンザで動けず、人員が確保できない。そして伊丹自身もインフルエンザ…。「冤罪」。第1の容疑者とは別の第2の容疑者が犯行を自供。検察官にも怒鳴り込まれ…。

 『疑心 隠蔽捜査3』のプロローグに当たる「試練」。試練というか罠というか…。唯一、伊丹が優位に立つ1編。やや長い最後の「静観」は、竜崎を三重苦が襲うっ!!! しかし、心配した伊丹が大森署まで出向いてみると、いつも通りの竜崎がいた…。

 毎回、伊丹は切羽詰ると竜崎に電話する。苦しいときの竜崎頼み。実際、竜崎の一言で一気に解決してしまうことも多い。竜崎は特別なことを言ったとは思っていない。感謝を伝えようにも礼など要らんとにべもない。そして伊丹は思う。竜崎には敵わない…。

 伊丹には大変気の毒だが、このシリーズの主人公は竜崎であることを、まざまざと見せつけられる作品集だ。さらに気の毒なことに、伊丹が竜崎に感じているほどの親しみを、竜崎は伊丹に感じていない。でも、伊丹のような人材も組織には必要だと思う。



今野敏著作リストに戻る