今野 敏 NS-02


膠着


2010/05/10

 今野敏さんの作品で、『膠着』という警察物を連想させるタイトル。ところがどっこい、著者名を知らずに読めば、今野敏作品だとは気づかないだろう。そう、この作風は、荻原浩さんに近いではないか。硬派な筆致の今野敏さんだけに、実に意外。

 老舗の糊メーカー「スナマチ」が、社運をかけて開発を進めてきた新商品。出来上がったのは…「接着能力のない接着剤」だった。御殿場の工場に極秘に集められたメンバーに、その使い道を考えてくれという無理難題が降りかかる。

 社内の噂通り、大手のスリーマーク(3Mのもじりか?)がスナマチに対してTOBを仕掛けてきた。開発をやり直す時間はない。何としても使い道を考えなければ、スナマチは存亡の危機に立たされる。TOBが成立すれば、多くの社員がリストラされる。

 という設定なのだが、迫真の企業ドラマを期待してはいけない。主人公で新入社員の啓太と、ベテランの営業マン本庄を中心に物語は進む。社内の人間関係はそれなりに複雑で、噂が噂を呼んで(というか啓太が勝手に想像して)疑心暗鬼に陥ったりもするが、一企業の存亡がかかっている割には、ユーモラスでのんびりした空気が流れている。

 一言で述べると甘い内容だ。結末も甘い。めでたしめでたし。一笑に付す読者もいるだろう。他の今野敏作品のような緊迫感を期待しているなら、なおさらである。それでも、文庫版あとがきにある通り、こんな作品があったっていいじゃない。

 本作は、終身雇用を核とした日本的経営の良さを強調しているようにも受け取れる。実際、このご時世に定年まで勤め上げられるのは幸せだ。我々の世代が、今の会社に定年まで勤めるのを想像するのは難しい。日本的経営にも米国的成果主義にも、良い点と悪い点がある。当面の危機を回避したスナマチが、進むべき道とは。

 識者連中は、世の中の大多数であるサラリーマンに、雇用崩壊などと脅しをかける。そんな連中の本にお金を払うより、本作を読んで一息つくのも一興だろう。



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